
リハビリ
2004 年 12 月 19 日(日)
三浦菊名海岸
晴れ->曇り
Sail:CORE 5.7(NEIL PRYDE) -> Expression 6.7(NEIL PRYDE) Board:NG ACP 260
すっかり、とりあえずというのが口ぐせになってしまった。
実際に口にださなくても頭の中でつぶやいている。とりあえず。
前からそうだったのか、どうかはとりあえず、わからない。が、原因は仕事が忙がしかったからだろう。通常なら自分である程度、スケジューリングできるのだが、12月は少々、ちがっていた。他人のプログラムをテストをしていたのだ。結構不安定なプログラムにたいしてテストを消化しなければ、ならなかった。動くルートを考えて「とりあえず」動作させていたのだ。
土日も休日出勤し、連続15日、稼働して明日はとにかく海に行く、とひとり喚きちらす。それでなくともすっかり御無沙汰だった。
正月休みの御前崎参りにそなえて体力を少しでも取り戻さなくてはならない。
イワモトの西風予報では御前崎は左サイドで乗れる、という。
それで三浦と決めた。
御前崎の左サイドライドは北東だからだ。北東で波がある場所というと、大洗と伊豆白浜があるが、さすがに波のあるコンディションは無理だ。菊川ならとりあえず、流されてみる、という選択ができるが。
早起きして海に行く自信はまったくなかった。
前夜から三浦入りして八時に起床。事務所の窓はがたぴしと風に音をたてている。ジョナサンに行ってモーニングを食べておにぎり3個を買って菊名海岸の無料駐車場へ。
すでに出艇しているセイターのセイルサイズは五の後半というところか。
ブローはかなりきつめ。津久井浜の沖では十数艇のセイルが猛スピードでいったりきたりしている。選択肢は5.7か、6.7。迷ったら大き目のサイズという鉄則を選ぶには体力がなさすぎた。逃げの心理で5.7をセット。二回もマストトップを貫通させてしまい、すっかりブルーになる。果してセミドライははいるのか?
ようやくセッティングが終りにかかった頃、Uっちーが彼女をつれてあらわれた。彼女として会ったのははじめてだ。夏に本栖湖でワッキースクールに来ていたという。名前は聞き忘れたが、おそらくKというようだ。Uっちーの日記にそう載っている。
車を乗換えた影響で小物の場所がよくわからなくてこまったが、なんとか、出艇するところまでこぎつけた。
けれど風は――落ちてきていた。
出艇したが、プレーニングもできず、沈。ウォーター。沈。ウォーター。
沖ノ島をこえる。
風向きがレギュラーよりもオンがかっていて沖ノ島の風下を抜ける。その先のブローもスカスカだった。一度、偶然、プレーニングしただけで帰路。沖ノ島より内側でぎりぎりのブローをつかんでプレーニングしてそのまま、ビーチオン。
6.7に換えようか、と考えた。
N沼さんがやってきた。
ちょっとブローがはいりはじめたような気がしてぼくは5.7のまま、出艇して一度もプレーニングせずに戻る。
今度こそ、6.7だ。
駐車場に戻ると、今度はS田さんがきていた。
いやぁ、あらわれるんじゃないかと思っていたんですよ。
S田さんは6.3を張り、N沼さんはコースレースをだした。ぼくは6.7。
が、S田さんとぼくはほとんどプレーニングすることもできず。N沼さんがひとり、プレーニングして駆け抜け、津久井浜に向かって上っていってしまった。
正午前後で、風が一番、よくない時間帯ではあった。
風待ちにはいる。昼飯を食う。腰と膝が痛い。Uっちーは彼女のスクールをするらしく、GOの準備をはじめた。N沼さんが津久井浜の方から一人だけちがうフォルムで下ってきた。
十二時半にブローがはいりはじめた。
S田さんとぼくは再出艇。
何本かブローをひろってプレーニング。
けれど調子はよくない。妙にセイルとボードが重く感じられる。パンピングをくれてやらないとプレーニングにはいらないのは以前からだったが、こんなに重かったっけ?
日が陰ってきたせいか、急に寒くなる。
強くなってきた風はますますオンに振れ、めずらしく、金行湾のカイトのゲレンデの風上を抜けるラインを走ることになる。まず、S田さんが上がってしまい、次にN沼さん。Uっちーと彼女。その頃にK地さんがやってきて乗りはじめた。
全然、ポイントのはまったセイリングができない上に、走るラインがちょうど暗礁のあたりを通るので、三時あたりに上がった。体力的にも――自覚してないだけでけっこう、へばっているはずだ。
菊名海岸の強風の吹きぬける駐車場で道具を片付けながらつくづく、御前崎の菊川はいいところだな、と考えていた。どん吹きでも駐車場のあたりは松林のブランケになっていて道具が飛ばされそうになったりしないからだ。
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Takehiro Yamada