恐怖の報酬




2003 年 12 月 12 日(金)
御前崎菊川河口
晴れ
Sail: CORE 4.1(NEIL PRYDE) Board: NG ACP 255



 吹きすぎはかんべんして欲しいな、と思いつつ、御前崎入り――御前崎といっても実際には遠州灘菊川河口にしかすぎないが。イワモトの西風予報ではけっこうハードコンディションだという予測だった。なにしろ、NWA の大会で 3.3 を用意した方がいいかも、とコメントしてあったくらいだ。
 夜半すぎ、ほとんど早朝に近い時間に菊川河口のプール脇駐車場に到着し、車中で睡眠をとる。さすがに駐車場に他の車は一台しかきてなかった。九時をすぎ、10時をまわっても気持ちは起きるのを嫌がっていた。理由はわかっている――超ハードだったら、と不安だったのだ。海を見たくなかった。
 もうこれ以上は来た意味がなくなるというところまで自分にゴネて起きる。
 到着したとき、駐車していた車はいなくなっていた。かわりに他に一台、駐車していたが――わおっ。もしかしたら場所を変更しなければ、いけないほどのコンディションなのか。
 海を見に坂道を上っていく途中、車が降りてきてそのまま、去っていってしまった。
 海にはだれもいなかった。
 風上側の三浜にも、風下の千浜にもセイルは一枚もない。
 風は強い。吹いている。
 波。
 さすがに東うねりがはいったときよりはないが、それなりのサイズだ。ビーチ寄りの海面は崩れた波で全体的に白く、その目を沖に向けていくと、波が割れているポイントがいつもよりもはるか沖合いにあった。
 ――どこまで波越えしていけばいいのか……。
 憂鬱な光景だった。


 けれど、風があるので出れないほどではない。
 苦しむだろうが、なんとかなるだろう。
 でもなぁ。
 だれもでていない海に入るのはどうも気が進まない。まいるなぁ。
 風は 4.7 かな、と考えたが、波に乗ると完全にオーバーパワーになるだろう。すると、4.1 なのだが、それだとゲッティングアウトが辛いだろうなぁ。
 もうひとりだけいたウィンドサーファーがセッティングしていたのでセイルサイズを盗見た。4.0 。体重差。その他いろいろと考えるが、結論はでない。迷いに迷ってボードを運んで海をチェックし、さらにもう一度、海をチェックしにいって 4.1 を張ることにした。
 その間に何台か、車がやってきては海を見て去っていった。
 気分が萎えていく。
 なんとか気力を振り絞って 4.1 を張っていると、ようやく三人目があらわれた。海を見て戻ってくるとさっさと 4.7 のセイルを張り出した。
 ――えっ。
 そうなのか。
 それでも今さらセイルを張り直すのもしゃくだ。
 アンダーでないことを祈りつつ、海へ。


 どうしてなのかはわからない。
 今まで何度となく、アンダーでありませんように、と祈りつつ、海にはいったことか。そんなとき、アンダーでなかった試しがない。
 ウォーターもままならず、波に揉みくちゃにされながら排水口の下側へ流される。
 全世界に向かって FUCK YOU だ。
 5.3。それしかない。
 すぐセイルを担いで駐車場に戻らなかったのはまったくの偶然だった。
 腕組みして憮然と海を見ていた。
 どんっ、と風が吹きつけてきた。舞い上がる砂が目に入る。
 4.1 の風だ。戻ってきた。
 海に入る。ビーチスタート。ボードは走り出す。ハーネスをかける。短かくて失敗した。ひええっ。再度。かかる。が、身体がのびあがる。波を越える。どうしようもなく沈。
 ハーネス、短かいよー。
 頭を抱えてしまった。
 というのも前回、交換したばかりのハーネスラインはアジャスタブルのものではないのだ。固定 24 インチ。幅を狭目にして長さをつくりだそうとしたが、それでも短かかった。しばしビーチにて黙考。
 再度、海へ。今度は波でジャンプしたら、着水の衝撃でフットストラップのネジがデルリンから抜けてしまった。まったくなぁ。
 爪楊枝とプラスドライバーをとりに、駐車場へ戻る。そのとき、思いつく。そうだ。ブームを低くすれば、いいじゃないか。もちろんハーネスラインが短かいことに対応するための思いつきだ。


 デルリンも応急処置した。ブームも低くした。
 海に出た。アウトには出れなかった。


 菊川河口からボードを引きづりつつ、排水口近くまで歩く。
 一人、また一人と出艇人数が増えてきた。さすがに今日のような日にくる人はうまい。流されているふがいないやつはぼくぐらいだ。いや、もうふたりほどいたが。
 インサイドは風がガスティだ。なんとか一本、アウトに出れれば、と考える。乗れている人たちもアウトに出っぱなしだ。一時間以上、乗りつづけているのではないか。
 せめて一本と、再出艇。
 タイミングがうまくあったのか、アウトにようやく出れる。どこまでいっても崩れる波が終らないのか、と思ったが、ふいにうねりが波にならなくなった。よし。アウトサイドだ。上りをとる……うねり……越える……うねり……越える……うねり……。
 どうでもいいが、このうねりの波高は何だ。
 すんげー高い。そんなうねりが越えても越えても越えてもやってくる。気分は大時化の外洋を行く戦艦だ。うねりを越えた瞬間、スクリューが空転する戦艦……。
 こっちはスクリューが空転することはさすがにないけれど、うねりとうねりの間の谷間に、落ちていくのは、異様に長い滞空時間もあってかなりの恐怖感を覚える。
 うねりを上っていく途中で失速して沈。波が崩れるわけではないので、落ち着いて向きをかえてウォータースタートして今度はポートで戻りのライン。
 ビビりまくる。
 うねりに乗せると、凄まじい勢いでふっ飛んでしまいそうだったのだ。スピードだけの恐怖感ではなかった。うねりの斜面の中に小さなでこぼこがあるのだ。うねりの頂点から裏へ裏へと逃げてインへ戻っていく。
 アウトに出れさえすれば、と思っていたのに、まっすぐビーチまで逃げ帰る。
 そのくらいアウトではビビってしまった。


 ビーチから改めて海を見ると、気分が憂鬱になってくる。
 次々に崩れながら押し寄せてくる波がどこまでもつづいているのだ。フラットな海面が今は懐かしい。
 それでもなんとか、五回程度はアウトにでれた。
 もちろんまぐれだ。
 何もできるわけがない――怖くてセイルは開きっぱなしでセイリングしているのだ。おもしろくもなんともない。
 一度だけフロントにふろうとしたが、セイルが曇っていて前が見えない上にフェイスはぼこぼこで、往生してしまった。


 うまく自分をプッシュできず、ブルーな気分がつづく。
 三時ぐらいから波のサイズがさらにあがり、うまい人たちは狂乱モードに突入する。
 それを横目に見ながら菊川河口と排水口の間を三往復、流されて道具を抱えて戻ってきたところで、根性がつきた。


 今日はマストを折った人、四人(一人はスキニーマスト)。
 セイルを破った人、一人、
 ボードを折った人、一人。
 すくなくともぼくの道具は無事だった。


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Takehiro Yamada