
東北オープン/EAST SLALOM 第3戦
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2002 年 8 月 31 日(土)
猪苗代湖崎川浜<-->天神浜
晴れ
Sail:RX1 9.3(NEIL PRYDE) Board:FALCON 90
風邪をひいたみたいだ。
喉に啖がからむのが、ちっともなくならない。
猪苗代の横断レースは行けないかもしれない――そう考えていた。
もともと今年の猪苗代横断レースに、参加するつもりはなかった。
去年、猪苗代からの帰りが大変だったのだ――レース自体も微風で死んだが――。T、Sさんと乗り合わせていったのでぼくは後部座席で寝てれば、よかったにもかかわらず、目を醒ましても醒ましても少しも帰りつかなかった。その印象が強烈で猪苗代へ遠征しにいく気にはなれなかったのだ。
気がかわったきっかけは浜名湖で行なわれた MID RACING 第3戦だった。
――レースっておもしろいじゃないか。
フォーミュラ自体はボードを所有してからおもしろく感じはじめていた。最近、とみにつまらなくなってきていたウィンドライフを変化させようという意思もある。何を捨て何を残すか――。
風邪をひいていて、ひとつだけいいことがあった。
身体がまいっていたおかげで早寝ができたことだ。夜の八時というはやい時間から寝ることができた。三時半に目を醒まし、四時には出発して五時には白みはじめた空に向かって東北自動車道を北上していた。
ぼくが到着したときには、T、Sさんはすでに猪苗代崎川浜にきていた。
同乗してきていたのはF島さん、S石さん、O木さん――K藤さんは車中泊で体調を崩して風邪をひいたとか、で寝込んでいる。
レース以外でほとんど、会うことのない人たちを見掛けたり、挨拶したり。
猪苗代の湖面には縮緬が見える。
天気図ではほとんど、風は吹かなそうに思えたが――台風 15 号が長崎県の五島列島のそばを時速 10 キロで移動している、とラジオが伝えていた。子供のころを思い出した。台風が直撃した夜、五島列島のとある波止場で飛ばされたビーチサンダルを追いかけて砕ける波の脇を全力疾走したことがある。疾走していたのではなく、ビーチサンダルと同じように暴風に飛ばされていただけかもしれないが。
猪苗代湖に台風の影響はまったくないだろう。
湖面の風はサーマルだろうが、フォーミュラでプレーニングするぐらいは上がりそうな予感がする。
開会式のころ、あるように見えた風は実はないことが判明した。
T田さんが出艇したが、まったくプレーニングしなかったのだ――それでも一時間もすると、崎川浜にはいる風が上がってきはじめた。スタート時刻が放送された。12 時 45 分。ぼくはフォーミュラの板を浜にだした。M下さんがやってきた。フォーミュラの乗り方について助言をもらっていたらSさんが笑いながらいう。
「だめだよー、レースが終ってからにしないとー」
基本的なポイントはボードにたいして横方向のベクトルをかけない、ということに尽きるようだ。そのために後ろ足の踵には体重を乗せない――M下さんがうしろのフットストラップに足をいれて形を見せてくれた。指は反り、ボードと接っしているのは第一関節のところのみという状態。
そうそう、とSさんが大きくうなずく。
ぼくは何度も確認するように、足の指の反りのことを聞く。踵をつかようなセイリングはポート限定でしかできないのだが、そのとき、足の指は反っていない。つま先立っているような状態だ。わたしのこと、信用してないでしょー、といわれるまで何度も確認したが結果は同じだった。スタボーのとき、前足の足は反ることはある――が、これは踵に体重をかけてフットストラップを捻りあげているときだ。つまり、踵に体重をかけないということと内容が相反している。
どこか力点がちがっている。
たぶん、という前置きのあと、M下さんがセイリングフォームについて指摘した。
「山田さんは前の肩が開いていて後ろ乗りになっているんだと思う」と。
愕然とした。
おそらくM下さんはぼくの実際のセイリングフォームを見たことはないはずだなのだ。にもかかわらず、二年ほど前から気づていていたスタボーの上りのセイリングフォームの欠点――前の肩が(この場合、右肩)開いていることを指摘したのである。
驚いた。
ぼくがスタボーのその欠点に気づいたのはポートとのセイリングフォームとのちがいからだった。ぼくはポートとスタボーではできることがかなり異なっている。たとえば、スタボーでジャンプはできるが、ポートはかなり苦手だ。これがジャイブだと逆でポートの方が調子いい。クローズのセイリングだと、ポートの方が上れることにはずいぶん前から気づいていた。そこで自分のふたつのセイリングフォームをチェックした結果、肩の開きに気づいたというわけだ。
実はポートのセイリングで肩を開けないということも問題だとぼくは思っている。ポートの下りが苦手なのもそのあたりにあるのかもしれない。
気づいてからセイリングフォームの補正をしようとはしてきた。
が、どうしてもできない。
そのことをいったらM下さんはこう答えた。
「山田さん、身体、固いから」
――それをいっちゃ、おしまいだろー。
スタート時間が迫ってきた。
とにかく試し乗りをしておきたいと思っていたらその姿を見てN沼さんがひとこと。
「顔が恐いよ」
思わず、笑ってしまった。
N沼さんは奥さん連れでリラックスしていた。
ぼくはいいわけをしながらスタボーのハーネスラインを少しだけのばした。
先週の本栖湖でのセイリングからつらつらと考えていたのだ――スタボーで踵を浮かせられないのはハーネスラインの長さが原因ではないか、と。I田さんの道具を借りたとき、そんなに上れなかったという記憶はなかった。あのときのI田さんの道具のセッティングはたしか、ブームがぼくにとっては低く、ハーネスが長かった。もしかしたら、と推測したわけだ。そして、こうも考えた。ハーネスラインを長くすることによってセイルを下方向へ引き、ボードの上から体重を抜くのではないか、と。
車に置き忘れられていたKBのキャップを借りて出艇した。
途中、Tとすれちがう。
「だれの帽子?」
KBのだ、というとTは大きく笑った。
「どうりでセンスがいいと思った」
――どういう意味だ?
何本か、走ってもハーネスラインのちがいはわからないし――いちおう、セイリングに支障がないことはわかった――、M下さんに指摘されたこともうまくできない。
ただ、風はある。プレーニングするぐらいは。
時計を見ると、スタート十分前を切っていた。
海岸の方を見ると、次々に選手が出艇してきている。
セイリングしていると帽子が飛ばされてしまうので、車に置いてこようと思って岸を目指したが、スタートラインのそばを通過するとき、五分前のフォーンが鳴った。あかんがな。置いてくる暇、ないがな――タックしてスタートラインへ。
帽子は飛ばされないように前後を逆にしてかぶりなおす。
スタートラインは風の向きに平行に引かれている。コースはアビーム・トゥ・アビームだ。対岸の天神浜は遠く霞んでいる。当然、マークは見えない。だいたいの場所は告知されているが。
本部艇側におもにコースレースの集団が蝟集している。
そこからのスタートは不可能なので、そのひとつ下側をめざす。
T田さんが少し離れたところで停止していた。そこからタイミングを見計らってダッシュしてスタートを切るつもりらしい。ぼくはじりじりとスタートラインに近づいていったが、見通しをとってないのでどこまで進めば、フライングしないのかがわからない――前回の MID RACING 第3戦のときのように下側の艇を参考にしようにもだれもいない。そろそろやばいだろう、と思って止まっていようと思っても少しずつだけ前進してしまう。こりゃ、あかんわ、とアウターマークに向かってベアさせた瞬間、風上からM下さんの声が聞こえた。
「そのままでいいよぉっ!」
あっ、おれに向かっていってるな、とは思ったが、もう心は折れている。5秒前と頭の中でカウントした瞬間、ぼくの真下をT田さんがプレーニングしてスタートラインを切った。腕時計を見ると、ジャスト。しまった。おれの頭が5秒、ずれている。
あわててラフさせたが、風が足りない――風上を見ると、大挙して本部艇脇からレースボードがスタートしている。ブランケットにはいってしまった。だめだ。走りだせない。そのブランケットの中をTがプレーニングして突っ切っていった。T田さんのあとにつづく。ため息をつきつつ、ぼくは風上を見ていた。
ブローがくるのが、見えた。
これで走りだせなかったらケツだ――思いっきり下らせながらパンピングをブローにあわせた。手応え。プレーニング。しかし、風は弱い。上に向けると失速しそうだ。下らせながらプレーニングを維持。ブランケットを抜けたようだ。そこで進路を修正し、前方に目をやった。
ラインがふたつできていた。
一番、上の先頭集団はT田さん、Tだ。その前方にもう一艇いるが、それは結局、今回の大会で優勝したTTさんだろう。その二十メートルぐらい下のラインにいるのは二艇。後方の一艇はマスターズ二位、総合七位になったMRCのK崎さんだ。ぼくはそれよりさらに五メートルほど下にいる。TTさんたちのラインはどう見ても上すぎるように思えた。回航マークはK崎さんの前方に位置しているような気がする。
K崎さんを目標に走る。途中、うしろを見たら後続がいっぱいいた。しかもかなり離れている。おおっ、このまま、いったらもしかしたらシングル?
とらぬ狸の皮算用。
じりじりとK崎さんの背中へ近づいていく。
高さがほぼ一致したとき、急にK崎さんに近づけなくなった――あれ?
――あっ。
K崎さんの引き波にはいってしまっていた。あわてて上らせて高さをとって引き波の外に出た。瞬間、あっという間にK崎さんを抜いた。勢いにまかせてさらに前にいた艇も抜く。ミストラルのビジョンに乗っていた。快感。おれって速いじゃん。前方にはだれもいない。T田さん、Tのラインも視界にない。首をねじらないと見えない。もしかしたらおれってトップじゃないのー、と皮算用しながら走っていたら伴走船が上のラインへ向かっていった。きっと上りすぎだ、といいにいっているんだと思ったらそのまま、上のラインにいる。もしかしたら上のラインが正しいのか、と一瞬、不安になった――上り角度をつけた。これだとうまくいって五番手ぐらいだな、と思いつつ。
K崎さんたちはそのまま、最初の向きを維持している。
ぼくが上りはじめた関係でK崎さんたちには抜き返されてしまった。
それでもぼくは不敵でいられた。プレーニングしている限りはまた、抜けると思ったからだ。
――が、風がなくなった。プレーニングが解除される。
プレーニングしなくなったぼくはむちゃくちゃ、遅かった。
上のラインは浜に近づくにつれ下りはじめる――色はちがうが、蟻の行列のようにも見える。そして、角砂糖のある場所はK崎さんのいたラインがやはり正しかったようだ。
マークを回航する艇を数えるのはすぐにやめた。
三十艇以上に抜かれることが状況を見てわかったからだ。
ほとんどのコースレース・ボードには抜かれた。そして、上のラインをつかったオープンクラスのほとんどにも――風のはいりは上側の方があきらかによかったのだ。プレーニングするほどではなかったにしろ。
マーク近くの水域は水深があまりなかった。
水底にさしている自分のセイルの影が見えた。
マーク回航してきた艇とすれちがう。
今回フォーミュラで初のレース参加のN沼さん。そのうしろにI田さんがいた。Tはそのさらに後方――回航で大回りしたのか、ちょっと下に落ちている。
N沼さんとすれちがう瞬間、ラッキーブローがはいった。それでプレーニングして一気にマークに向かう。マークに向かう中でぼくしかプレーニングしてなかった。プレーニングはマーク手前で止ってしまったが、抜かれてしまっていたかもしれない数艇には抜かれずに済んだ。
マークを回航したあと、Sさんとミートする。
Sさんはすこし苦笑してから威嚇するようにパンピングしてからすれちがっていった。そのあとにK崎さんを見る。
ぼくの前を走る艇はどんどん離れていくように思えた。
途中、喉の乾きに耐えれず、セイルのスリーブからスポーツドリンクのペットボトルを取りだし、飲む――バランスをくずしながらもなんとか、セイルは落とさなかった。
残り少ない後続艇に上側を抜かれる。
プレーニングしなくなって一時間ほどしてから前方の艇がプレーニングしはじめるのが見えた。やはり崎川浜の周辺にだけ風があるらしい。ようやくそのエリアにぼくも到達することができた。一回目のパンピングには失敗したが、落ち着いて二回目でプレーニングにはいれた。下にだいぶん落ちてしまっていたので上りながらフルスピードでゴールへ向かう。ちょっとオーバーぎみだ。
抜かれていた二艇を抜き返してゴール手前で、ブイの間にロープがはられているのに気づき、強引に上ってクリア――そのあと、ゴールへ。タイムアウトか、とも思ったが、G藤さんがぼくのセイルナンバーを読むのが、聞こえた。
結局、49 位でぼくの東北オープンは終了した。
風が吹いているので、キャップを車に置くと、湖に戻った。出艇。しばらく上り下りをくりかえす――しかし、どうしてもつま先は反りかえらない。その上、横方向のベクトルを発生させているらしく、たびたび、スケグが抜ける。ハーネスラインを延ばしたことは正解だったらしいことがわかった。きちんとセイルとの間を大きくあけて体重をハーネスにかけるフォームをとれれば、だが。
ふとスケグを交換してみることを思い出す。
Tから FALCON 90 を買ったとき、つけてもらったスケグではどうも上りが悪いような気がして――スケグ長が 57 cm だったのでSさんから 62 cm のスケグを買ったのだが、同じようなコンディションで乗り比べたことがなかった。57 cm の方ではスケグが抜けた記憶がなかったのだ。
水からの上がりぎわ、N沼といっしょになる。
たずねた。
うしろ足の踵、浮かせているんですよね、と。
いや、つけてるよ、とN沼さんは答えたが、どうもこれは聞き方が悪かったようだ。踵に体重をかけているかと聞けば、かけてないよ、と答えただろう。
それより両足の状態がハの字になるように意識した方がいい、といわれる。
「それがどうしてもできないんですよ」
「セイルを引きこみすぎているのかな? それで踏んばろうとして後ろ足をつっぱているんじゃないかな」
M下さんがいっていたことをまったくちがう言い方でいっているということに気づいた。
ハの字のことも、M下さんがSさんにアドバイスしているときに聞いたことがある。
というよりも五年ぐらい前にロビー・ナッシュが雑誌でスラロームの板での上り方のアドバイスしている中で、うしろ足の状態を注意していた。踵を前にもってくるようにすれば、いい、と。まさしくハの字だ。
当時、本栖湖でそれをためしたが、全然、ちがいはわからなかったので気にしなくなっていた。問題は足の状態だけではなく、全体のフォームが問題だったのだろう。
スケグを交換して出艇し直した。
風はだいぶん、弱くなってしまっていたが、まだ、ブローでプレーニングできる。
上って下る――スケグは抜けない。うむー。うなる。上り角度も 62 cm と体感ではかわらない。それよりも驚いたのはつま先の反りが曲りなりにもできたことだ。しかもスタボーで。それで少しだけわかった。ぼくはこの状態にする直前に横方向にプッシュしているようだ。そのため、62 cm のときはスケグが抜けてしまい、今は抜けないのでその形にできたのだろうということ。
もうひとつ。こちらの方が重要だろう。両足荷重が均等になっている――だから足の状態がハの字になってつま先が自然と反るらしい。そして、均等荷重ができるようになった主因はハーネスを延ばしたことのようだ。腰を落とすようにセイルを下方向に引いているので、右肩が閉じているらしい。
もう少し乗りこんでみたかったが、右足のふくらはぎが痙攣の前兆を示していた。
閉会式。表彰式。抽選会と滞ることなく進んで大会は無事、終了した。
猪苗代にもう一泊する人たちと別れ、ぼくはフル高速で帰路につく。途中、T嶋さんの車に猛スピードでぶち抜かれたが、日がかわる前に自宅に到着できた。
去年の悪夢のような帰路は何だったんだろう。
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Takehiro Yamada