JCBA MID RACING 2002 第1戦




2002 年 4 月 29 日(月)みどりの日
浜名湖佐久米海岸
晴れ
Sail:RX1 9.3(NEIL PRYDE) Board:FALCON 90



 ――眩暈を覚えた。
 I村さんのセイルを見た瞬間のことだ。11.5。そのあまりのバカバカしいほどの大きさに、おかしくもないのに笑ってしまった。
 フォーミュラのメーターボードにもようやく目が馴れてきたところだというのに。
 もっともこれは自分がようやくファルコン90を所有したからだろうが。
 実はフォーミュラなんて不要だと思っていたのだ。簡単には車に入らないし、今回のレースは吹くだろう、と考えていた。なにしろゴールデンウィーク中に開催されるのだから吹く確率が高い。
 なのに予想天気図にはげんなりした。
 高気圧が張りだしてどこから見たら強風になるのか、不明だったのだ。
 ミニマムの風域でのレースのなるのはあきらかだ。
 そう思ったら気の迷いがでた。
 タイミングよくTがファルコン90を売りにだすという。
「買う」
 だれだ。そんなことをいったやつは。


 案の定、レース会場の浜名湖佐久米海岸に風はない。
 快晴の空の下、のんびりと道具の整理をしていたらスキッパーズミーティングに出損ねた。レースボードクラスは行なわれそうだが、まさか、オープンクラスが行なわれるとは思わなかった。
 ばたばたと選手がレース海面へでていく。
 その最後あたりでようやく出艇して一生懸命、レース海面をめざした。タックしてもタックしてもタックしてもレース海面にたどりつかない。コースレースの一群がスタートした。レースがはじまってしまったらしい。
 しかし、オープンクラスは動かない。フリーセイリングしている。中には下ってきて岸へ戻っていく艇もある。どうなっているのか、状況はまったく把握できず、ぼくはタックしてタックして、上りつづけた。それでもスタートラインにもたどりつかない――そのうちにレースボードクラスがゴールしはじめた(ショートコースだったらしい)。
 昼休みになったらしく、いっせいに岸に向かう艇にまじってぼくも岸へ。
 憂鬱になってきた。
 というのもオープンクラスの選手の中にはちゃんとプレーニングしているセイラーもいたからだ。レースにならない。もっともその前にスタートラインまで行かなければ、いけないのだが。


 午後からのレースは三レース、行なわれた。
 ぼくは二レースやって根性がつきた――練習だ、と思ってセイリングしていたが、あまりにもプレーニングしない。結局、一日で十秒ほどプレーニングしただけだった。(注 スタートはいちおう切れた)
 T田さんがぎりぎりのプレーニングで二上へ向かうのを見た。
 H成さんとTがプレーニングしながら向かってくるのを見た。
 I村さんが 11.5 のセイルをパンピングしているのを見た。
 レースボードのM下さんが下りでパンピングして停っているフォーミュラを抜いていくのを見た。
 忸怩たる気分で岸へあがり、道具を片づける。ファルコン90を購入していたので、今回のレースにはかなりのお金をつぎこんだ気がする。
 車でへこんでいたら他の選手も帰ってきはじめた。
 M下さんがやってきた。
「ピン、とったよ」
 フォーミュラの二艇をのぞき、レースボードの中で(男性も含めて)トップフィニッシュしたのだという。


 今日のレースは山田ルールでは不成立――風速がミニマムに達っしてなかった――なので、あまり悔しくないのだが、フォーミュラを所有していること自体が不快だ。
 ――ちくしょう。売っちまおうか?


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Takehiro Yamada