
春一番
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2002 年 3 月 15 日(金)
鎌倉材木座
晴れ
Sail:ZONE 4.7(NEIL PRYDE)->CORE 4.2(NEIL PRYDE) Board:NG ACP 255->WAVE265(MISTRAL)
――まったくの偶然だった。
雨が上がると、風が強くなりはじめた。
前線が抜けて晴れた空がひろがる。雨のおかげで空気の透明度が増し、すべてのものがいつもよりも光にきらめているように見えた。
前線をひきつれていた低気圧は日本海にあるはずだ。
典型的な南西が吹く気圧配置。
午前中のうちに用事を済ませ、海へ向かう。
西南西の風なら茅ヶ崎、南西なら鎌倉だと考えていた。海上保安庁の情報によると、まだ風は吹きだしていないようだが、風向きは概ね南西らしかった。伊豆は西南西にふれているが、他はすべて南西だった。
渋滞していた藤沢を抜け、一路鎌倉へ。
材木座の県営駐車場へ到着した。
すぐに海を見たが、だれもでていない。
――あれ?
沖合いは風波で真っ白になっている――が、湾内には風が届いていなかった。嫌な予感がした。以前も同じような状況で結局、外したことがある。
しばらくすると、風が届きはじめた。
さっそく出艇していくセイラーがあらわれた。
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さすがは春一番だ。
暖かく、Tシャツ一枚でも平気なほどだ。
しかし、風は思ったほど吹いてないように思えたのでセイルは 4.7 にすることにした。セッティングしていると、声をかけられた。O滝さんだった。ウェットスーツ姿だ。腕時計を見ていった。
「今日は金曜だよ」
ぼくはにやりと笑った。
「そっちこそ」
平日だというのに、海にやってくる人がじょじょに増えてくるのはなぜか。
ただ、ぼくにはジンクスがひとつある。
平日にウィンドをすると、道具を壊すのだ。八割方、道具を壊しているのではないだろうか――もっともハードコンディションだから平日だというのに海にきているということもある。もっとも今日は本当にたまたまだった――月曜から今日の休みは決まっていたのだ。風に当たっただけの話なのだ。だれにも恥じる必要はない、と思うのだけれども、どこか後ろ暗い気がしてしまう。
出艇してみると、風は足りなかった。
セッティングしているときよりわずかばかり風が落ちてしまったようだ。
だめだ。
何度もはまりながら粘ったが、風は上がってこない。O滝さんも苦しんでいるが、ぼくよりはあきらかに走っている。このままだと白浜の二の舞だ。そう判断してぼくは浮力のある板―― WAVE265 をひっぱりだした。吹いてきたら NG に戻せばいい。
すでに一時をまわっていた。
WAVE265 で出艇すると、板は走り出し、すぐにプレーニングした。
正解だ!
ラインを坂の下の方へ延ばす。進むにつれ、波のサイズががんがん上がってきた。びびる。びびってジャイブをできずにいると、どんどん波は大きくなっていく。
波二枚ほどインサイドよりをO滝さんが平行して走っていた。
ぼくはジャイブに失敗して沈。
うねりに翻弄されながらもウォータースタートした。とたん、前に飛ばされた。再挑戦してもオーバーパワーで前に持っていかれてしまう――えっ? もしかしたらオーバーセイル?
強風モードのウォータースタートでなんとかセイリングを開始したが、腰胸下のうねりと完全なオーバーセイルに板が空中に跳ねまくる。ハーネスをかけている場合ではなかった。ほとんどロデオ状態で必死に材木座の海岸を目指す。
どうにか無事帰りつき、うしろをふりかえると、海は一転してハードコンディションになっていた。たった一往復で WAVE265 を NG に交換した。思わずつぶやく。嘘だろ?
NG プラス 4.7 でもオーバーパワーだった。
乗れなくはない――しかし、それだけ。強引に乗っていたら何の拍子だかわからないのだが、左足の人指し指をおかしくしてしまった。第一関節がそらなくなってしまった。どうやら腱がおかしくなったらしい。まさか切れたんじゃないだろうかな。
呆然と浅瀬に立ちすくんでいると、O滝さんが突っこんできた。脛の波でトップターンをエアで決める。かっこいい。
――O滝さん、うめーなー。
ビーチにあがったぼくは海岸の岩に腰をおろし、ハードコンディションにお愛想笑いをした。
3.7 でもOKという世界になってきた。
ぼくに残された選択肢はセイルチェンジしかない。
ひゃーな気分。
新嶋プロが道具を運んできてセッティングをはじめた。どこかで見たような――たぶん雑誌で見た――人が新嶋プロに話しかけた。だれだろう。しばらくわからなかった。はたと気づいた。清板プロだ。御前崎ローカルなのでなかなか記憶が結びつかなかったのだ。意外。
O滝さんと話しているうちにセイルチェンジを決意した。原因のひとつは風が西に振れてきたようだったからだ。海にでているセイラーがスタボーでもぐりぐり上ってくるようになった――ように見えるということは風が振れたのだ。
4.2 にセイルサイズを落とす。
4.2 + NG で出艇した。
一本坂の下まで行って戻ってきた。おかしい。アンダーっぽい。風が落ちてきている。次の一本もなんとかプレーニングして鎌倉湾を八割ほど横断した。しかし、カンカン音をたてて走るという状態にはほど遠い。肩ぐらいの波の前でジャイブにはいる。セイルをかえそうと思って一瞬、躊躇した。波が崩れてきているのが気配でわかったからだ――走りだす前に巻かれてしまう。いわんや沈でもした日には。
ランニングの状態のまま、波に乗って一気に下る。
風が足りないのでしばらくして波に置いていかれる。
かなり風下に下ってしまったので出艇した場所に戻れるはずもなく、ビーチぞいに延々歩く羽目になってしまった。
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板を NG から WAVE265 にかえる。
4.2 + WAVE265 ですこしの間、乗ったが、風はどんどん落ちてどうしようもなくなってしまう。しかも材木座は潮が満ちてくるにつれて潮溜りになっているらしく、藻が集中してウォータースタートなどすると、全身に藻のコートを羽織る羽目になる。
かなり日も落ちてきてあたりは夕刻の薄暗さに包まれはじめた。
――最低だ。
狂乱の一日になる予定だったのに何もかもちぐはぐに終ってしまった。
板を駐車場に運んで自分のジンクスを思い出した。
WAVE265 のノーズが割れていた。波に巻かれたとき、マストにノーズが激しく打ちつけられたのだろう。
明日は御前崎へ行くつもりだったので――昨日見た予想天気図だと、そんなに強く風が上がることは期待できないので WAVE265 は必要だ。気分がへこむ。
県営駐車場でのろのろと片付けをしている間に風は一度完全になくなったが、また、少し上がってきた――それでも 4.7 のセイルではとてもじゃないが、無理な風だ。
ため息がでる。
ウィンド車もほとんど帰ってしまってスカスカになった駐車場に1BOXカーが一台はいってきた。動きに焦りが感じられる。あわててやってきたのだろう。まさか、ウィンドサーファーだとは思わなかった。夕方になってウィンドがいなくなって腰の波にサーファーがかなり出てきていたのでサーファーか、と思っていた。
ミニスカートの小柄な女性がドライバーシートから下りたつと、ウェイブボードをひっぱりだして海に運んでいった。ひとりで。
出るつもりなんだ、すごいなぁ、とあきれていると、ウェットに着替えたその女性に話しかけられた。セイルはいくつぐらいだと思います、と。
「6」と答えた。
じゃ、5 かな、というので 5.5 はいるんじゃないですか、と返答。
決心したらしくセイルのセッティングをはじめた。
思わず聞いてしまった。
「でるんですか?」
「早退してきたんです」
ぼくは一瞬、口をぽかんと開け、笑いながらいった。
「がんばってください」
他に何といえたというだろうか。
車を駐車場からだす前にその女性のセイリングを見た。
体重が軽いせいだろう。アンダーぎみだが、一応、プレーニングしていた。うまい。膝腰の波でフロントにふったのを見て、ぼくなんかより遥かにうまい人だということを知る。しまった――聞かれたので思わずえらそうな発言をしたような気がする。
もっとも上手な人だろうな、という予感はしていた。
春一番の日に我慢できなくなって早退してくらいなのだから。
ぼくは渋滞の中に車をだした。
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Takehiro Yamada