ハードボイルド・ワン・デイ




2002 年 2 月 9 日(土)
沼津牛臥海岸
晴れ
Sail:ZONE 4.7(NEIL PRYDE) Board:NG ACP 255



 すっかり寝坊してしまった。
 目を醒したときには、7時をだいぶ回ってしまっていた。携帯電話に何度か、Sさんから電話がはいった形跡がある――Tともども朝早いうちから御前崎へ向かって出発したのだろう。
 まだ、テレホーダイの時間帯なのでインターネットに接続してイワモトのホームページをチェックする。すでに今日のコンディションの第一報がでていた。風はある。波はない――なるほど。アメダスの風情報を見てみると、御前崎にはすでに 7m の黄色矢印。伊豆にもその風ははいっているらしく、石廊崎は御前崎よりも強風だった。三浦半島の長浜にもやはり 7m の黄色矢印。湘南大西のパターンか? 一瞬、長浜へ行くことを考えた。
 一瞬だけだ。
 今から出発しても正午には御前崎の菊川へ到着できるだろう。


 厚木から東名高速を快調に走りつづけた。
 睡眠不足はそれなりに解消していて体調も悪くない。苛立ちもなかったが、期待に胸をふくらませているわけでもなかった。すっかり情熱が枯渇してしまっていてぽっかりと心にでかい穴があいている感じだ。自動機械の律義さで車を運転しながら明るすぎるほどの朝の光の中を通過していく。穴にみっちりと詰っているものは悲しみに似ていた。何ひとつ失ったものなど、ないというのに、何もかも自分から失われたという気分。
 しかし、不思議なことに、けして悪い気分ではなかった。
 ――沼津インターで国道1号線に下りた。
 すぐに後悔した。渋滞しはじめている。時計を見ると、9時半をまわっている。この調子で1号線を南下したら菊川に到着するのは正午を回ってしまう。東名に乗りなおすか――しかし、その乗りなおすためのルートも渋滞していた。
 ひとつだけ気づたことがある。
 風が吹いている。
 ガソリンスタンドの幟が強風にはためている。
 御前崎の西風が沼津にまで届いていた。
 沼津でウィンドしたことはないが、さいわいI田さんが沼津にきているはずだった。


 迷走をくりかえして牛臥海岸に到着したときには 11 時をすぎていた。
 駐車場に車をいれると、N島さん――初対面だった――が近づいてきて、I田さんはセッティングしてますよ、と教えてくれる。I田さんは海との間にある提のブランケットでセイルをセッティングしているところだった。声をかけるとうれしそうな顔でをしている。吹いてるよー、山田さん。
 提に上ると凄い風だった。3平方台?
 しかし、そこから波打ち際まででるともうすこし風は弱い。提を越える瞬間、風が圧縮されて強くなるのだろう。――それでも確実に4平方前半の風だ。手持ちのセイルで4平方前半は 4.1 になる。それだとジャストアンダーという気がした。迷う。はじめてのゲレンデでアンダーセイルはきびしいな。
 風向きもビーチにたいして垂直――どオンショアだ。ビーチの端は湾曲しているのでそのあたりだけサイドになるが。オンショアだとつねに上り角度をとる必要があるので、ジャストオーバーをぼくは基本にしていた。
 とすると、4.7 のセイルになるだが、それはほかのセイラーとくらべてあきらかにひとまわりは大きいサイズだ。頭を抱えながらも 4.7 を選択した。
 出艇してみてさらに頭を抱えた。アンダーだったのだ。風が足りなかった。オンショアなので――波を越えるために上りすぎているということもある。意識的に板をベアさせ、なんとかプレーニングさせたが、走りに手応えがない。アンダーだ。
 必死にラインを延ばす。ぎりぎりのプレーニングなので上りはとれなかった。横波に潰されないようにするだけで精一杯だった。ビーチに平行で走るのみ。進むにつれて波のサイズがあがってくる。
 二十メートルほどの間隔でビーチに置かれている消波用のブロックをふた固まり越えたところでジャイブしたが、沈。風が足りなくてウォーターに手間取ってしまう。波に押しやられて消波ブロックの間のビーチに到着――。


 風はビーチ沿いの遊歩道の金網にぶちあたり、金切り声を上げていた。
 カン高く神経に触る音だ。
 どうやら遊歩道の影響でインサイドは風がアンダーになってしまっているらしい。
 オンショアなので消波ブロックを越えてアウトにでていくのはかなり難しい。一度、消波ブロックを越えることはできたが、波に叩かれてしまって元のビーチに落とされてしまった。こんなところで苦しんでいるぐらいなら――と素直な気持ちになって道具を引いて出艇した場所に戻る。
 ちょうどその頃、首都高で渋滞にはまっていたというY原さんが牛臥に到着した。


 一時的に落ちていた風も徐々に復活してきた。
 ローカルの人たちも増えてくる。前回の反省をふまえてぼくもビーチの端の方から――高さがとれるのである――出艇。それでも遊歩道がビーチにせりだしてくるあたりからやはり風のはいりが悪くなっている。ちょうどそのあたりからが一番、波がたつのだが。
 とにかく元の場所に戻れることを確認するため、ジャイブしてポートセイリング。出艇した場所へ戻る。途中、波にはじかれて空中へ飛びだした。
 ハーネスをつけたままだ。
 そのため、セイルコントロールもできず、両膝は延びたまま、制御不能。空中に弾道軌道を描く。どうしようもなく沈した。
 戻った場所は出艇したところよりも少し風上側だった。
 これならなんとか遊べそうだ。
 残念なことに遊歩道がなくなったあたりから――風がちゃんと吹き抜けている――波がはいってこないのか、フラットになってしまう。踝ぐらいの風波がはいってくるぐらいだった。
 しかたなくその波で遊ぶ。ポートのバックサイドでトップターンをしてみた。波が小さすぎて板を返したときには波から飛びだしてしまう。その状態から波に着水――ちょっとエアボーンっぽくてしばし自己満足にひたる。
 風はほんの少しだが、右にふれているので、基本的にウェイブをやってみようとするならポート側になるのだが、波があるエリアで波乗りをやってしまうと、あっという間に消波ブロックのあるビーチにまで行ってしまう。かといってそれよりインサイド――出艇したポイントの近く――では波がない。フラストレーションを感じる。
 発作的にスタボーで波に合わせた。ボトムへおりる。セイルが開き、ランニングのような状態だ――風をはらんだセイルが前にもっていかれる。踏んばってなんとか沈しなかったが、その不安定さに、二度とやるもんか、と心に誓う。


 I田さんは風が強すぎるとセイルサイズを落とした。
 セイルを張り替える手間を惜しんでぼくはあいかわらず 4.7。セイリングしていると、足がつりかけて痙攣する。休み休みそれをごまかしながら乗る。スタボーで時々ジャンプ、ポートでは踝の波でレイルトゥレイル。
 ビーチの向こう側に富士山が見えた。


 夕方、まだ明るかったが、海から上がる。
 水洗いしたリグをばらし、ボードをケースにいれ、ドライスーツを脱ぐ。
 風はかなり息をしはじめていたが、まだ、充分なほど吹いている。
「あしたは御前崎ですか」
 今夜は沼津で温泉と宴会だというY原さんが聞く。
 ぼくはうなずいて補足した。
「今から菊川まで移動」
 あきれた表情を残してY原は牛臥を後に。十分ほどの時間差でぼくも牛臥を後にした。
 さすがに疲れていた。
 菊川までの途中、道の駅で二時間ほど眠った。


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Takehiro Yamada