三浦レーシングシリーズ第3戦をパスして




2001 年 12 月 30 日(日)
鎌倉材木座
晴れ
Sail:CORE 4.1(NEIL PRYDE) Board:NG ACP 255



 十六号バイパスで保土が谷にたどりついたあたりで、胃が痛くなりはじめた。
 道路脇に見える木々は強風で髪をふり乱している。気温はこの時期にしては高く、暖かく感じる。南西風――。
 海へ向かう途中で胃が痛くなるのはひさしぶりだ。
 緊張感でかすかに吐き気もする。
 鎌倉霊園の脇のワィンディングロードを走り抜け、いったん逗子へでて鎌倉をめざす。路上駐車しようか、と思ったが、パトカーが停車していたのであきらめて県営駐車場へ車をいれた。
 すでに十台ほど車はきていた。
 知り合いはいない――T、Sさんというデフォルトメンバーは今日は三浦だ。「Tears」の三浦レーシングシリーズ第3戦なのである。ぼくもそれには参戦しているのだが、鎌倉の様子を見て決めることにしていた。
 海は荒れている。ぐしゃぐしゃの波。強風。まだ、だれも出艇していない――と思っていると、波の間を走るセイルが見えた。ふたり、すでに出ている。前回の材木座よりもいいコンディションとはいえない。波の間隔が狭すぎる。そして、強風のためはやく潰れてしまっている。
 あまり魅力的ではない。
 ひとりでウィンドをするにはちょっとつまらなさそうだ。
 三浦に移動するか……と迷いながらN沼さん、F島さんへ連絡をとるとこちらへ向かっている途中だという。それならとセッティングをはじめる。海を見ていると気力を失いそうなので顔を伏せてセッティングした。
 風は 4.0 オーバーだ。
 あいにく手持ち最小のセイルは 4.1 だったが、しかたない。
 セイルのセッティングを終え、顔を上げると、近くにO滝さんがいることに気づいた。
 声をかけた。満面の笑みを浮かべ、O滝さんはいった。
「いると思ったよ」


 O滝さんの次にはY原さんがあらわれた。
「絶対、いると思いましたよ」
 Y原さんは付け加えた。
「レースをさぼって」


 続々と人が集りはじめる。最終的にはY田さん、N沼さん、F島さん、K地さん、Iさん、H塚さんとあらわれた。面識のない人も数名いたように思う。
 N沼さんに稲村ヶ崎まで行こうと誘われる。四十分ほどかかるけど、と。速攻で断る。今日のコンディションでそんなエグいところまで行って無事帰ってくる自信はない。
 そんな中、ぼくは出艇した。
 風は前回、材木座で乗ったときよりもだいぶ左にふれている。南西の風というわけだ――前回は西南西だった――。
 セイルに風をいれたとたん、板は簡単に走り出す。プレーニング。左手から押し寄せてくるスープになった波をクリアしていく。時折、跳ね上げらてしまうが、まだ、集中力が途切れていないのでなんとか、コントロールできる。
 しかし、完全にオーバーセイルだ。セイルが重い。
 波は腰から胸という感じなのだが、厚みがあって波にあわせると、そのパワーに――オーバーセイルということもあって――アンコントロールになる予感。びびって波の途中でボトムに逃げる。ここで波に巻かれたら死ぬ。スープの前を走り抜けた。
 あまりにもやばいので、いったん材木座の海岸に戻ってセイルのチューニングを変えた。アウトを二センチ、余分に引いてセイルをかなりフラットにする。それでもオーバーセイルだったが、かなり楽になった。ボードももうすこしボリュームがなければ、と思うが、こちらは板自体の性能が高いおかげか、コントロールを失うという不安感はなかった。大枚をはたいただけのことある。
 問題はポートのゲッティングアウトだ。
 不用意にジャンプしてしまうとノーズを風下に向けすぎてしまう。そのまま、着水するとセイルのパワーに負けて前に飛ばされる――もっともハーネスを外していれば、多少の抵抗はできるのだが、不用意にジャンプしてしまうときは大概、ハーネスはかかったままだ。
 それでもなんとか乗れる。
 一、二往復しては休み、をくりかえしながらセイリングする。ビーチにあがったときは知り合いと雑談。N沼さんは前回のときより楽だ、というが、ぼくは逆だ。今日のコンディションは楽しめるという感じではない――バックサイドでスープにあてこんでも、板の性能に頼ってなんとか板を返せているという感じがつきまとう。自分の力で返していると感覚がなくて苛立つ。
 それでも滑川あたりのビーチ近くで時折、あらわれるフラットな海面――くずれた波と波の間――でジャイブして板がカービングする感覚に感動する。スラロームボードのときとはまたちがう板が深く海面に食いこんでいる感覚。これをドライブ感というのか。この感じの延長線上にフロントのボトムターンがあるにちがいない。
 ま、ジャイブ自体は失敗したけど。


 昼近くになって風がかなり息をしはじめた。
 ブローとブローが抜けたときの格差が拡がる。ただ、走るということが難しくなってくる。セイルサイズをひとつ上にあげたいような気もしたが、ブローがきついのでそこまでふみきれない。
 そうしているうちに、ウィンドサーファーもかなり増えた。サーファーは波質が悪いのか、いなくなってしまったが、そのかわり沈しているセイラーを注意しなければ、ならない――ぼくがその沈しているセイラーになることも多いので文句などいえた義理ではまったくないのだが。どうしてもジャイブする場所に沈しているセイラーがたまる傾向があるので、恐くてジャイブを試みることができなくなる。そのうえ、普通に走っていても風下側を平行して走るセイラーがいたりして状況としてはリスキーになってきておもしろくなくなってきた。風がけっこう抜けるのでぼく自身の動きも極端に制限されてしまっているのだ。


 昼飯のついでにSさんに電話をいれると、三浦レーシングシリーズの第3戦はスペシャルクラス以外は中止になったという。かわりに午後、エキスビジョン・レースを行なうことになったらしい。
「今からくれば、間に合うよ」といってくれたが、今さら道具をばらすのもめんどうだ。
 海に出た。
 風はあいかわらずガスティだ。材木座の海岸は岸沿いに風が圧縮されてくるためか、それなりの強風なのだが、滑川あたりだと風が抜けづらいこともあって弱くなってしまっている。
 ボードに飛び乗り、ベアさせてハーネス。フットストラップと一連の流れでプレーニングにはいる。ハイクアウト気味に上体をボードの外にだしたとき、ハーネスラインがハーネスのフックから外れた。両手でセイルを保持する間もなかった。リグが一瞬で風下に吹っ飛ぶ。反動で身体が反対側へ倒れた。フットストラップから両足が抜けた。直後に波――やばい。道具から離された。必死でクロールで追う。次の波が来たとき、目の前にボードがあった。顔のすぐ前だ。波でボードのテイルが跳ね上がってきた。衝撃が左側から走った。
 ふたたび、離されていく道具を追い、フットストラップをつかんだ。
 そこでようやく顔面の点検にはいることができた。
 テイルがぶつかった場所――左こめかみから十センチほど下、頬骨のすぐ脇――に触れてみる。痛む。少し腫れているのがわかる。いくらなんでも早すぎるだろう、とは思ったが、まちがいなかった。
 口を開けたり閉めたりしてみたが、顎の動きに問題はなさそうだ。
 どうやら顔が多少ブサイクになっただけのようだ。


 ビーチにあがったとき、Iさんに顔をチェックしてもらうと、やはり顔が腫れているらしい。が、それよりも右足裏がカミソリで切ったように痛む。身体が固いので痛む個所はよく見えない。どうやら岩礁で足を切ったようだ。大型の猫科動物にひっかかれたような傷跡がかすかに見える。傷には材木座の黒い砂がびっしりと詰っていた。鉛筆の芯を粉にしてすりこんだような状態だ。
 まぁ、海水で消毒されているからだいじょうぶかな、と自分を納得させて痛みは無視することにした。


 それ以降もセイリングしたが、セイラーの人口密度とガスティな風に苦しみ、何度も滑川までの間のビーチにはまる。潮もかなり満ちてきていて狭い材木座のビーチは波にあらわれてしまっている。
 つまらない。
 そう思ってもなかなか上がってしまう決心がつかない。
 Y原さんやF島さんは用事があるとかで帰ってしまった。いつのまにか、O滝さんの姿は見えなくなった。いるはずのN沼さんやK地さんやH塚さんは他のセイラーにまぎれてわからない。
 風はかなり西寄りにふれ、ますますオンショアがきつくなってきている。はまると戻ってくるのに一苦労だ。
 それでも思わずゲッティングアウトしてしまう。そして……はまる。
 馬鹿。


 三時半。
 左足が攣りそうになったので終りにした。道具を片付けているとき、N沼さんが三浦のレースの様子を教えてくれた。船が出せずにレースは中止になった、と。ということはエキスビジョン・レースも行なわれなかったのかな――ちょっと得した気分。
 帰りに「良いお年を」と声をかけられ、今年も終わりだということにようやく気づいた。
 来年も吹くといいな。


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Takehiro Yamada