フォーミュラをすすめられる




2001 年 11 月 04 日(日)
三浦菊名海岸→津久井浜
晴れ
Sail:RX1 9.3(NEIL PRYDE) Board:バーレープロト



 海沿いの駐車場がいつもとちがってどこかざわめいている。
 ウィンドサーファーが集まってきているのだ。1BOX、ステーションワゴン、ウィンドの道具を積んだ車が駐車場には停められている。しかし、ウェットに着替えている人間はほとんどいない。だれもがウェイブコンディションを期待してきたのに、外れたぁ、という顔をしている。
 夜半すぎの雨と暴風が嘘のような朝だった。
 ぼくはコンビニエンスストアに朝飯を買いに行きながら西の晴れた空を見ていた。
 低気圧は関東を擦過して太平洋へと去りつつある。
 昨日の夜まで御前崎へ行こうか、どうしようか、迷っていたぼくはここにいる。
 御前崎よりも三浦の方が吹くだろう、という予想のもと。しかし、三浦に風はない。御前崎は吹いていないと情報だけが心の慰めだった。しばらくすれば、ウェイブコンディションとはいかないだろうが、それなりには吹くだろう。ワイデストスラロームにビッグセイルで乗れるぐらいの風は。
 事務所で風待ち。
 昨日から泊まりこみの三名にくわえてI田さん、K藤さん、Sさんがきている。泊りこみ三名はF島さん、T、ぼくだ。
 風がそよつきはじめて六人は外へ出た。それぞれがセッティングにかかる――ぼくは砂浜にひろげたセイルのスリーブにマストを通していてふと気づいた。クラックだ。マストにヒビが縦に十センチほどはいっていた。ちょうどブームのひとこぶし上――もっともテンションがかかる場所とはいえ、これで今年、二本目だ。
 昨日、やたらとパンピングしたからなぁ。
 替えのマストもないので、あまりいいことではないと承知しているが、クラックを包みこむようにブームの位置をひとこぶし上げる。これでブームのインジョーがクラックを絞めつけるのでそう簡単には折れないはずだ。おそらく今日一日は保つだろう。万が一、沖合いでマストが折れたら最悪、泳いで帰ってくるつもりだった。
 セッティングしていると、YRNのK池さんがあらわれた。ウェイブに乗るつもりだったらしく、やはり外した、という顔をしている。
 F島さんがコースレースをセッティングしていちはやく出艇した。
 それにSさん、K池さん、ぼくとつづく。
 沖ノ島の向こうまでいってもプレーニングしなかった。ときおり微妙なブローが津久井浜の方から吹いてきてはいる。昨日よりもないくらいだが、パンピングすれば、なんとかプレーニングする瞬間がある。
 K池さんはあっさりとプレーニングした。置いていかれた。
 しばらくプレーニングしない状態で海面を行ったり来たりしたが、やがて少しだけ風があがった。
 プレーニングして沖へとラインを延ばした。セイリングしながらアウトカニンガムを引き絞る。上りをとろうとした。前方にオレンジ色のマークブイが見えた。そこをこえたあたりで風が落ち、失速。ふと見るとカタマランがぼくに向かって上ってくる。
 しまった。
 レースのど真ん中だ。
 まずいことに風が足りなくてマーク近辺から抜けだせない。カタマランはぼくの前方を横切ってタックしそうだ。邪魔しないように、とぼくはタックして逃げだす。ぼくのうしろではカタマランがタックした。
 プレーニングしさせすれば、すぐにでもオサラバできるのだが。上りもとれない。しかたなくマークブイの風下へ移動する。マーク回航したカタマランがどこへ向かうのか、見ていたら、ジャイブして下ってきた。また、ぼくとラインが交錯する。あわててぼくはジャイブしてマークの風下に戻ろうとしたが、失敗して沈。
 すぐにセイルアップしてマークの風下に退避した。
 さらに二艇のカタマランがマーク回航していった。
 後続はない。
 あわててぼくはその場を離れた。
 遠く離れてからタックしたが、風がたりなくて戻っても再び、あの海面に入りこんでいまいそうだ。しかたなくタックしてさらに沖へとラインを延ばす。マストの件もあるので、あまり遠出したくなかったのだが。
 風がはいりはじめたのを見計らってタックしてプレーニング状態で一気にレース海面の風上側を通過した。津久井浜が遠く、前方に見えた。
 定置網の風下を抜けて津久井浜と菊名海岸の間の海にでると、Tがぎりぎりと上ってきた。あっという間にかわされた。どうすることもできない。しばらくそのあたりで乗っていたが、やがて風が落ちはじめた。野比の方の煙突の煙も縦にのぼっている。気温が上がってきて一番三浦で風がなくなる時間帯だ。
 菊名海岸へ戻る。
 続々と出艇していたセイラーが戻ってくる。
 K池さんは火力発電所のところまで行っていたという。吹いてたよ、とのこと。あいにくあそこまで行く体力はぼくにはなかった。いや、腕というべきか。


 風はほんとうになくなってしまった。


 沖合いのヨットはけっこうヒールして走っていた。オフショアの風がぼくたちの頭上を通り抜けて沖合いの海面に落ちているらしい――西風だ。
 これは、とぼくは考えた。三浦半島の反対側は吹いているかもしれない。たとえば、長者。沖合いの海面の黒さから推察してウェイブに乗れる風とは思えないが、おそらくスラロームなら十分だろう。
 ぼくはいそいそと道具を片付けはじめた。
 その間にS田さん、T田さんがやってくる。そして、H成さん。H成さんは三ヶ月ぶりだとかいう話で――入院していたらしい―― ARROWS のセイルをセッティングしはじめた。いきなりそのH成さんが近づいてきていった。
「スターの 85、八万でどう?」
 うわぁ、なんてタイミングで話を持ってくるんだ、この人は。
 昨日、今日とTのフォーミュラとあわせてみて今のボード――ワイドスラロームではどうしようもなく勝負にならないと痛感していたところだったのだ。Tもいっしょに走れないので練習にならん、とつまながっている。それはこちらも同じだ。ひとりで乗るよりも当たり前だが、せりあった方が断然、おもしろい。うーん。どうしよう。
 まわりにいた人たちはおもしろがって好き勝手なことをいう。
 たしかにスターの 85 なら少しはTとSさんのフォーミュラに対抗できるかもしれない。しかし、互角というところまではいかないような気もする。
 ボードケース、フィン付ときた。
 迷う。
 迷うが、決心もつかない。
 どうせなら、という気持ちが抜けないのと、金がないと切実な問題もある。今年はウィンドに金を使いすぎた。
 ――ふいに全員の意識が海に集中した。
 風だ。
 風が上がりはじめた。
 左サイド。若干オフ気味。さっきよりも吹いている。さらに吹き上がりそうだ。F島さん、K池さんがフリーライドに乗れるのではないか、と真剣な顔で風待ちモードにはいる。ひさしぶりのウィンドのH成さんはすぐに出艇。それにT、Sさん、ぼくとつづいた。
 パンピングしなくてもプレーニングする風だった。ぼくは沖ノ島の沖合いにでて上り、Tは逆にインサイドよりの海面を上っていった。H成さんはTにあわせて走っている。かなりの余裕に見えた。病み上がりだというのにだ。
 津久井浜と菊名海岸の間の海面で合流した。
 Tはぼくにあわせて上りと下りをくりかえした。
 Sさんを待つがなかなか来ない。
 H成さんとTが津久井浜に向って上りはじめた。ついていこうとしたが、すぐについていけなくなった。差は歴然としている。H成さんとTの走りにもあきらかな差が感じられた。腕の差も確かにあるのだろうが、道具の差も大きいと見た――H成さんは最新のスターのフォーミュラだ。それでもTはよくついていっている。
 それを見ていてスターの 85 を買うのを止める決心がついた。
 85 ではまだまだ、勝負にならないかもしれない。


 津久井浜の風上――左海面で乗るが、やはり、全然、H成さんやTにはついていけない。
 上り角度が違いすぎる。向こうでこちらにあわせてくれなければ、話にならない。子供が大人とかけっこしてたみたいに、必死で乗っていたのですっかり疲れてしまった。
 何かエネルギーになるものを摂取しようと、津久井浜へリーチングのレグ。思い切りアウトを緩めて風をつかむ。パンパンとノーズが海面を叩きながら下っていく。途中、アウトを絞めてみた。とたん、風が抜けたようにパワーが感じられなくなる。失速寸前。ぽんとアウトを緩め直すと、再び、板は走りはじめた。
 なるほど。
 はじめてカニンガムの有効性を感じた一瞬だった。
 コンビニでヴィターインゼリーを買って飲食していたらTが菊名海岸へ下っていくのが見えた。あっ、置いていかれた。
 そのあと、ぼくも菊名海岸まで下る。
 なんとか日没寸前に帰りつくことができた。


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Takehiro Yamada