
顛末
2001 年 08 月 24 日(金)
猪苗代湖崎川浜→小石浜
晴れ
Sail:RX1 9.3(NEIL PRYDE) Board:バーレープロト
今夏、調子のいいSさんがしばらくセイリングして戻ってきた。
まだ、風はあまりないらしく、沖でブローをつかんでなんとかプレーニングするくらいだという。ちなみにSさんのセイルは9――というわけでT、Sさん、ぼくの三人はキャンプの準備をしながら時間をすごす。
猪苗代湖崎川浜。
明日の東北オープンに参加するためにやってきていた。
湖なのに風景は海のようだった。潮のかおりがしないところだけが、ちがう。あとは蜻蛉がやたらと飛んいることだろうか。ひさしぶりに――子供のとき以来かもしれない――オニヤンマを見る。
ビーチの芝生にはバッタが多い。
セイルをセッティングするとき、ダウンを、富津でN沼さんにいわれたくらい引いてみる。Tには不評。引きすぎだという。フォルムがかなりフラットになっている。しかし、たしかに吹けば、速そうな感じではあるのだが――。それにアンダースがダウンにオーバーテンションをかけてセッティングしているとリバティのPRの冊子で読んだ。
うーん。
いずれにしてもアンダー向きのセッティングではなかったことだけはたしかだが。
三時ぐらいに出艇。
Tが先にいる。ついていく。風はたりず、まだプレーニングするほどではないが、沖の水面は黒くなっている。沖合いのウィンドはプレーニングしているように見える。
ビーチをふりかえると、Sさんが出艇しようとしていた。
前方のTがプレーニングしはじめた。
ぼくはまだ。じりじりとTとくらべて風下へ落ちていっている。ハーネスラインの位置が合ってない――これはセイルのセッティングを替えたせいだろう。ダウンの引きが今までより強いのでドラフトがうしろにずれたのではないだろうか――そのためにうまくプレーニングにはいれない。
風上前方のTがタックするのが見えた。ぼくのほうはラインをTと重ねるためにすこし上り角度をつけてセイリング――うしろのほうからウィンドが水面を蹴たててくる音が聞こえた。
Sさんだった。
風上後方から――十メートルぐらい風上にいた――ぼくをぶち抜いていった。
にやりと笑みを浮かべるSさんが見えるようだった。
ぼくのほうはどうにか二、三度、ハーネスラインの位置をずらしたかいあって、ポイントがあったようだ。板が走り出す。風があったということもあるのだろう。眦決してSさんを追う。
風は充分あった。
こちらは上りになるという不利はあるけれども、すぐに追いつけるだろう、と思い上がっていた。フルプレーニングでSさんを追撃するも、なかなか追いつけない。道具の差でこちらの方が速いはずなのだ。そのはずなのだが、じりじりという感じでしか、近づいてこない。
湖の中央は少しオーバーになるぐらい吹いていた。風波がスネ、ときには膝ぐらいたっている。油断すると板をはじかれて空中に舞ってしまいそうだった。
ちらりと帰りのことを考えた。
Sさんは一度、出艇している。Sさんについていけば、崎川浜へは戻れるだろう、と判断。結局、Sさんはほとんど対岸まで走り切る。ぼくはそこまでに差はつめたが、並ぶことはできなかった。明日の横断レースは先行しないと負けるな、と考える。
Sさんがジャイブしたのにあわせてぼくもジャイブ。
そこではじめて自分が走ってきた空間を見た。
――あ、あれぇ?
遠くにかすんだ山並みが見える。それらがいくつも重なったところが湾になっているのだが、どこが自分が出艇してきた場所なのか、わからなかった。
Sさんについていくしかない。
ところがSさんはプレーニングしたのに、ぼくの方はプレーニングしない。やはりハーネスラインの位置があっていない――それを合わせてもだめだった。風が微妙にたりない感じだが、原因は自分の腕が悪いせいだというのははっきりしていた。なぜならスタボーならプレーニングしていたのだから。
ポートの走り出しがへたくそなのだ。徹底的に。
うまく風をつかめない。スタボーならハーネスをかけてくっという感じで体重をかけると走りだすのだが、ポートはハーネスをかけてもどこかずれているような感じがして体重をかけることができない。バランスをくずして沈してしまいそうだ。
ようやく思いついてパンピングしてあやうくバランスをくずしそうになりながらもプレーニングにはいる。
その頃にはSさんの姿は水平線にかすんでよく見えなかった。
だいたいの方角はわかっているのでそちらへぎりぎりのプレーニングで走りつづける。
途中、遊覧船の周回コースを横切る。あんな船、行くとき、見たっけな?
行きは上りだったし、今も上りだ――とすると、帰るべき湾は風下にあるんじゃないだろうか、と考えた。かなり風上の方に二艇セイリングしているウィンドが見えた。たしか、崎川浜から出艇するとき、風上の方に二艇、いた。そのセイルだろう。
前方の湾にSさんがはいっていくのが見えた。
しかし、その湾にはヨットのハーバーらしいものが見える。崎川浜にはそんなものはなかったはずだ。あそこはちがう。すると――とそのときはじめて気づいた。もしかしたらSさんも帰る場所がわからなくなってしまっているのでは、と。
――やばいじゃん。
とにかくSさんのあとを追う。Sさんが湾からUターンしてでてきた。すれちがう。その一瞬にたずねた。
「崎川浜、どこっ?」
「わかんないっ!」
がーん。
しまった。行くとき、ちゃんとうしろを確認しておくべきだった。Sさんにあまりにも追いつかなかったのでそちらの方に熱中しすぎていたし――猪苗代湖がこんなに広いとは思っていなかった。本栖湖ぐらいの感覚でいた。まずい。
タックしてSさんのうしろにつく。
風上側の二艇がひどくに気になる。崎川浜はそちらではないか。しかし、ずっと上りで走っていたので風上側に崎川浜があるとも思えなかった。むしろ上りすぎたのではないか――風下の湾にセイルが見えた。Tのセイルに似ていた。
いったん、Sさんと同じように沖へラインをのばしてタック。ふたたび、帰路の方角に向く。Sさんは風上へ向かうのか、と思っていたが、さっきの湾にもう一度、はいっていっていた。完全に迷っているようだ。こちらも同じだが。
ぼくは上る。Sさんが迷いこんだ湾のひとつ風上の湾をめざすが。途中、風下のセイルが気になりはじめた。風上の二艇は出艇したときからいた――ではあの風下のセイルはTではないか?
そう思うとそう思えてきた。
そう思えてきたら確信してしまっていた。
あそこが崎川浜だ。そのはずだ。
一気に下っていく。
風は上がってきていた。フルプレーニングで下り、ビーチの近くまできたときにどうもちがうらしいことに気づいた。さっきからセイリングしているセイルはやはりTではなかった。その人に手を上げてたずねた。
「ここってどこですか?」
「小石浜」
うわぁ、ちがっていた。
「崎川浜はどこですか?」
その人――会津磐梯のN田さんは驚いた表情を浮かべながらも教えてくれた。
ずっと風上だった。さっきSさんがはいりこんだ湾――そこは中浜というところらしい――のさらに風上だ、という。
「ここからだと二時間ぐらいかかるよ」という言葉にめげてしまった。
とにかくいったん、岸にあがる。
ぼくを探しに危いことをSさんなり、Tがするのではないか、と心配だったので、彼らに連絡がとりたかったのだ。もちろん、車で迎えにきて、と頼みたかったというのもある。
N田さんにお金をかりて電話をかけに――でも、Sさん、Tの携帯電話の番号なんて覚えちゃいない。自分の携帯に電話を数度、祈るような気持ちでかけてみた。だれもでない。気づいてくれ、と思ったが、だめ。
N田さんのところへ戻るとわざわざ送っていってくれるという。
その言葉に甘えてしまった。
いくら感謝しても感謝しきれないぐらいだ。
ばらした道具を積んで崎川浜までN田さんはぼくを送ってくれた。
ありがとうございました、N田さん。ものすごく助かりました。
崎川浜に戻ると、今度はTが消えていた。
ぼくを探しにいってしまっているという。やばい。心配していたパターンだ。
無理はしないとは信じてはいたが、トラブルもありえる。
暗くなりはじめた湖面は見通しがきかない。Tのセイルはほとんど見えなかった。双眼鏡でさがす。しばらくはわからなかった。
――いた。
崎川浜の湾の端の桟橋の向こうにTのセイルが見えた。
戻ってこようとしているようだ。
たぶんだいじょうぶだろう。ほっとしたが、いくらたってもTは戻ってこない。桟橋の向こう側にセイルの影はなくなってしまっていた。どこにもTのセイルはなかった――さっき見た位置から考えてそんなに理解不能な場所まで移動できるはずはないのだ。
日がかげり、見えないだけなのか。
不安が兆してきたとき、うしろでふいにSさんとTの話す声がした。
ふりかえるとTがいた。
桟橋のあたりで暗礁にフルプレーニングでスケグをひっかけてしまったのだという。スケグボックスを破損したので歩いて帰ってきたのだった。
これが猪苗代湖セイリングツアーのはじまりだった。
次からは携帯電話をもって海へでることにしよう。
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Takehiro Yamada