事故




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 ごん、と鈍い音があたりに響いた。
 おれは駅から出たところで音のしたほうを見た。
 夕暮れの薄闇の中、ロータリーの向こう側のメインストリートに黒いスポーツカーが停まっていた。横断歩道を越えてすぐのところだ。対向車のタクシーの運転手は右折しようと停車したまま、そのスポーツカーのほうを見ていた。
 おれは最初、タクシーとスポーツカーが接触したのだ、と思っていた。そのわりにはタクシーの運転手は一向に下りてこようとしない。
 変だな。
 そう思いながらおれはロータリーに沿った歩道を歩いていくとそのあたりの店のおっちゃんが歩道の端まで出てきて笑いながら店の人間に解説していた。
「へっ、いつもの酔っ払ったおばちゃんだ。道路を渡ろうとして轢かれやがった。ありゃ、おばちゃんが悪い。運転手がかわいそうだ」
 おっちゃんの横からスポーツカーの方を見ると灰色のワンピースを着た、みすぼらしい格好のおばさんが身体をくの字に曲げて倒れていた。少しも動き出す気配はなかった。スポーツカーを見ると助手席に若い女性が座り、フロントウィンドウ越しにおばさんをのぞいている。
 おばさんの近くには三人ほどの男がすでに集まっていた。
 その中の若そうな男がおばさんにかがみこんで手をかざしていた。
 最初、おれはおばさんの口に手をかざして呼吸をみているのかと思っていた。
 しかし、そのわりに手は顔からは離れた位置にあり、第一ずっとかざしつづけているのはおかしかった。若い男は頭を垂れ、一生懸命に手をかざしているのが傍目からもわかる。
 ふいに合点がいった。
 駅前なんかで「あなたの幸せを祈らせてください」といって他人の頭に手をかざす若者がよくいるが、あれなのだ。
 「気」だか、「光」だかをぴくりとも動かないおばさんに注いで助けようとしているのだろう。
 無性に腹が立ったがすぐに複雑な気分になった。彼がおばさんを助けようとしているのは間違いないからだ。おそらく彼は数日後おばさんの生死を確認して、生きていたら自分の宗教心のおかげだと思うだろうし、死んだときには自分の宗教心が足りなかったためだと思い、ますます修行を積むことだろう。
 スポーツカーのドライバーらしい男がおばさんの元へと走って行った。警察に電話しにいっていたのだろう。
 おれはドライバーが若い男を殴ることを期待したが、そんなことは起きなかった。


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Takehiro Yamada