相続なぞ
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2006/09/19up
ロバート・キヨサキの「金持ち父さん貧乏父さん」を読んだとき――非常におもしろい本で、読むと何かに投資したくなるような本――、唯一どうしても了承できない違和感を覚えたことがある。ロバート・キヨサキは自分の資産を子供に相続させることを望んでいるのである。
資産を子供に残してやりたいと思うのは通常の親なら当然の欲求なのかもしれない。
が、許し難いとぼくは感じるのだ。
個々人の努力や能力の結果、格差が生じるのはしかたがない。差がつくということは努力するというインセンティブにもなりうるからだし、当然のことだ。単純に富が均一な世界など、欺瞞だ。しかし、相続はそうではない。スタート時点から発生する格差だ。だから資産家がその資産を子孫に相続するということは実はきわめて反社会的な行為ではないか、と思っている。
というわけで、相続ということにかなり嫌悪感があるのだけれど、アメリカで二番目に金持ちのウォーレン・バフェットはその富をどうするつもりなのだろう、とずっと思っていたのだ。というのもロバート・キヨサキのことは別に尊敬もしていないが、ウォーレン・バフェットに関しては強い尊敬の念を覚えているからだ。
そのウォーレン・バフェットが自分の資産を子孫に残すために画策しているとしたら幻滅だな、と思っていた。
が、さすがウォーレン・バフェットだ。
その資産の大部分を寄付するのだという。
非常に感心すると同時に、税金というのはありゃ、何なんだ、と考えこんでしまった。
税金は本質的には富の再配分装置だと思うのだが、結局、そのシステムは効率的に働いているとだれも思っていないだろう。どこにどう使われるのか、不透明だし。だいたい、富の再配分装置だと思っている人間自体はあまりいないのではないか――。
が、富を持つものは寄付という形で意識的に富の社会へ還元することが可能なのだ。
少なくとも自分が望む場所へ富を戻すことができる。
税金だと軍備に反対していてもそちらへも富は回されてしまうかもしれない。
寄付するということはその団体にたいして賛成票を投じるという意思表示でもある。
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Takehiro Yamada