
老人
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天井にぶら下がっている巨大な扇風機が食堂の温気をかき回していた。
葛城は手の中の食パンを引き千切った。
ニューヨークの安ホテル。遅めの朝食だった。
かすかに開かれたブラインドから差しこむ昼にちかい朝の光にうっすらと埃が舞っていた。
「ここ……お邪魔していいかな」
小柄な老人がテーブルの向かい側に立っていた。
葛城は少し眉をよせた。
食堂には葛城のほかにだれもいない。テーブルも空いていた。
老人はよくプレスされたジャケットを着ていた。袖や襟元がすり切れて白くなっていたが、よく手入れされているようにみえた。少し老人には大きそうだった。
頭頂部にのこった銀色をした髪の毛はきれいになで上げられ、髭の剃り残しもなかった。
葛城はうなずくとプリーズといった。
古ぼけた椅子が床にすれて不快な音をたてた。
「ジャパニーズかな」
プラスチック製のトレイをテーブルの上にそっとのせ、老人がたずねた。
「チャイニーズ?」
「日本人です」
答えるとひどく満足したように老人はうなずいた。骨ばった乾いた手で食パンを引き千切るとカップのホットミルクにひたした。
「……君は……君たちは……」
そういって老人は口ごもった。
皺の中に沈んでいる瞳があざやかなブルーアイであることに葛城は気づいた。
「三十年以上も前の……私たちの国との不幸なことを……その……恨んでいるかね?」
葛城がけげんそうな顔をしていると老人はすこしうつむき、ミルクをたっぷり含んだ食パンを口に入れた。
「あれは本当に不幸な出来事だった」
葛城はカップを持ち上げるとミルクを飲み干した。ブラインドの隙間からレンガ壁のくすんだ建物が見えた。
「ビジネス?」
老人がまっすぐに葛城を見ていた。
葛城はかぶりをふった。葛城はネクタイをしていない。
「そうは見えないでしょう」
「では――」
「人を探しに」
葛城が答えると老人はうなずいた。
立ち上がろうと葛城は椅子を引いた。軋んだ音がした。
「君!」
老人はすこし身を乗り出していた。
「……許してもらえるかね……私たちの国との間にあったあの不幸な、恐ろしい出来事を……許してもらえるかね」
老人の右手の中で食パンが潰れていた。
「だいじょうぶですよ」
葛城は微笑むと老人の腕に軽く手を置いた。
「わたしは許しますから」
老人は顔を皺だらけにするとくりかえしうなずいた。
葛城は自分のトレイをもつと食器置き場に置いた。
右手を見た。老人の軽い弾力のない骨の感触がのこっていた。
振り返ると老人は目を細め、ブラインドの隙間から外を見ている。
皺が深い陰影を刻んでいた。
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Takehiro Yamada