β




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2006/08/08up



「投資で成功するには、ベータ値や効率的市場、最新のポートフォリオ理論、オプション価格決定、新興国市場などを理解する必要はありません」

              ローレンス・A・カニンガム「バフェットからの手紙」


 ウォーレン・バフェットや板倉雄一郎がβに否定的ということもあるのだけれど、ぼくもβってどうも胡散臭いなぁ、という感じがしてしょうがない。ディスカウントキャッシュフローの重要な要素であるWACCを求めるために必要な値だというのにだ(実際には株主資本コストを求めるときに使用する)。
 βというのは結局、株式市場全体の動きと対象の株式の動きのずれ度だと個人的には理解しているのだが、そのずれがどうして株主のリスク(経済学ではコストとリスクは同じ意味らしい)になるのか。それが理解できない。統計学にはまったく疎いのでそのせいかもしれないが、たとえば、株式市場全体が暴落しているとき、対象の株式が暴落しないのならそれは株主にとってリスクが高いのではなく、低いのではないか。しかし、βによるとそれはもっともリスクが高いというのことになるのだ。まったく、連動してないわけだから。
 しかし、本当はリスクが高かったのは、対象の株式ではなく、株式市場そのものだったのではないか。


 株主資本コストを求めるためのものなのだから、βには株主の視点が含まれていなければ、おかしい。なのに、市場との相対性をβにするというのだからやはり胡散臭いと思うわけだ。


 じゃ、なんなの、とつらつら考えてみた。
 実はβにふさわしいのは本来の株価にたいする現実の株価のずれ度ではないか?
 株主にとって株価が本来、示すべき株価(フェアバリュー)ではなく、外れっぱなしになっていることがリスクだろう。つねに本来の株価であるのなら会社の内在価値の上昇にともなって株価は上昇していくのだから。この考え方なら前記のケースも納得できる。市場全体が暴落しているとき、暴落しない株式は当然、他の株式よりもリスクが低いということになるからだ。
 とするとだ。
 割安株というのはある意味、リスキーだということになる。
 フェアバリューより安い株ということは、ずれているということだからだ。
 それは割安株戦略(グレアム流バリュー投資)の弱点なのしれない。つまり割安株がフェアバリューに評価されない。あるいは割安株がフェアバリューに評価されるのに時間がかかりすぎて株価が上昇するのではなく、企業価値の方が下落してきてフェアバリューになるという状況。
 ウォーレン・バフェットもまた、バークシャーの経営権を取得するとき、その罠にはまったのではないだろうか。


 ちなみに上の妄想βは実際に求めることは不可能ではないか、と思っている。
 βを求めるにはまずフェアバリューを求める必要があり、そのためには企業価値を求める必要がある。ところがディスカウントキャッシュフローで求める企業価値はβは重要な要素なのだ。これはβを求めるにβが必要ということだ。循環してしまうのだ。


 まぁ、以上は完全な妄想だが。



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Takehiro Yamada