偶然に思う
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2006/07/25up
実際にどうなったか――どうだったのかは知らないのだが、ライブドアショックで一億の借金を背負った人の話だ。信用取引でレバレッジをかけて急落するライブドアの株を買い、その借金が一億になってしまったのだという。
ライブドアショックがあるまでの八ヶ月で株で一億近く稼いでいたのにかかわらず、である。つまりライブドアショックでうしなったのは二億ほどだったらしいのだが、その人はライブドアショックのことをたまたま、だと思っているらしかった。
悪い目を引いてしまった。
それさえなければ……、と。
そして、その人は正業の他にアルバイトをしながら借金を返しながら株をつづけていた――勝てていたらしい。自分は復活できるかも、と何度も今は閉鎖してしまったブログに書いていた。
実際にはどうだったのかは不明だ。
ぼくが株をはじめたのはライブドアショックのあとだったので、ライブドアの急落のときに信用取引でレバレッジを最大にかけて買いまくるなどということをしなければ、この人も一億なんて借金を背負うこともなかったんだろうな、勝ちづけることができたんだろうな、と思っていた。
つい最近まで。
ぼくには不可能だが、デイトレーダーなどの短期の株取引で勝つ人もいる。そして、そういう人は半端ではないパフォーマンスを示すものだということも。投機――ギャンブルで勝つことができるのはごくごく一部にしかすぎないが、勝つ人間にはとんでもない額の益をもたらす。ごくごく一部しか勝てないということと、とんでもない利益は表裏の関係にあるからだ。
だからくだんの人もライブドアショックに巻きこまれさえ、しなければ――とぼくも思っていたのだが。
しかし、2006年5月からの調整局面を経験し、少しばかり考えが変わった。
というのも「たまたま」だったのはどっちだったのだろう、ということにようやく思い至ったからだ。
ライブドアショックまでの勝ちまくっていた日々。
ライブドアショックで一気に借金の背負ってしまったとき。
そのどちらが「たまたま」だったのか、と。
人はどうしても長期間おきていたことと一瞬、起きたことをくらべたとき、一瞬の方を「たまたま」だと考えてしまう傾向がある。字義的な意味からそうであるのだが。
サイコロの六の目がでる、ということと、六の目以外がでることを考えれば、今、サイコロをふってみて六の目がでた場合、たまたま、でた、と思う。しかし、六の目が以外がでたとしてもそれは「たまたま」なのだ。
つまりどのような必勝法にも裏目は存在し、それはただ、顕在化してないだけかもしれないのだ。
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Takehiro Yamada