競馬放浪記(10)




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 すでに生活は破綻していた。
 パチンコにすら行かなくなり、収入がゼロになった時点でそれはある意味、確定していた。それでも暮していられたのは完全にTさんのおかげだった。
 それをどうにかしようという意思がまったくなかったわけじゃなかった。
 けれど馬券以外の道を見つようとする意思はなく、その道は完全に閉ざされてしまっていた。どうすることもできなかった。
 馬券についてできるのは考えることだけだった。
 自分の買った馬券はほとんど、エクセルに入力して記録をとっていた。
 単勝と複勝の馬券を中心に買っていたのだが、今までそのどちらの馬券が負けているのかなんて見たことはなかった。データを洗い出し、調べてみたところ、単勝は回収率が75%ほど、複勝は100%をわずかに越えていた。これは何を意味するのか?
 単勝は買わずに、複勝だけを買っていたらぼくは浮いていたということだ。
 失われた五百万近くの金はそのまま、残されていたということだ。


 さらに単勝もある法則で――単純な操作を加えるのみ――買い方をコントロールすると、回収率は100%を越えるということがわかった。その法則はまったく簡単な条件による判定なので、そこにタラレバの入る余地はまったくない。しかも複勝よりも回収率はよかった。
 複勝の馬券だけ買うというのは予想よりも難しいことだということはわかっている。
 単勝は勝負、複勝は保険という意識があったからこその回収率だったのだ思えるからだ。しかし――。
 ある条件による制御というのは、かなり衝撃を受けた。
 まったく機械的な操作――モンテカルロ式必勝法のような類いとはまったくちがって、自分の買い目に厚みを加えるある法則なのだ(はっきり書かないのはかなり盲点の法則だからだ。つまり人には知られてオッズをかえられたくないから)――なので、そういう買い方をすることはまったく可能だった。
 そのやり方に気づくのが遅すぎた。
 すでに資金はなく、ぼくの個人的な経済は破綻していた。


 後年、競馬で喰っていた――一時的とはいえ――人と知り合ったことがある。その人は大学を卒業して二年ほど、競馬で本当に喰っていたけれど、最終的にはやはり破綻してしまった。尊敬するのはぼくとはちがい、まちがなく喰えていた瞬間があったということだ。ぼくは貯金を食い潰していただけだった。
 ほとんどその人とは競馬の話はしたことはなかったが、二度とあの道には戻るつもりはないようだった。
 ぼくはどうだろう。


 子供の頃は飽きっぽい性格だと親にしかられてばかりいたが、なぜか、気に入った趣味は細々とやめもせずにつづける性格らしいということに最近、気づいた。そのような少ない趣味――と呼ぶには抵抗はあるが――ウィンドサーフィンというマリンスポーツがある。馬券まみれの毎日でほとんど、海に行くことはなかったが、まったく行かなかったわけではなかった。そのころ、よくいっしょに本栖湖に行っていた友人のT――Tさんとは何の関係もない――からふいに連絡があり、今年の冬、サイパンに行かないか、と誘いがあった。
 ぼくが無職で馬券まみれであることを彼は知っていたので、馬券が取れて金があったらな、と答えておいた。たぶん今の状況では無理だろう、と内心では思っていた。
 その週末の中山競馬場だった。
 メインレース前――ぼくにはメインレースなんか関係ない――のレース。パドックで気になる馬を見つけた。リトルガリバー。鞍上は公営競馬の石崎だった。ひさしぶりのレースなのか、それとも公営からの転厩馬だったのか――人気はなかった。
 ぼくは勝負した。前にいって粘る競馬だった。中山の坂を上り、粘りに粘ったが、後ろからきた馬にかわされた。が、それも二頭までだった。三着に滑りこんだ。複勝千円台で、一万円いれていた。十万円コース。それだけではサイパン旅行には足りないかもしれないが――旅行までに残るとも思えなかった――なんとかなるかもしれない。
 Tさんに(Tではない)電話した。
「もしかしたらサイパンに行けるかもしれない」と。


 パスポートの申請をした。



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Takehiro Yamada