競馬放浪記(9)
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あまりGレースに勝ったような馬に思い出はない。
そういうレースを好まなかったということが最大の原因だが――世間が騒ぐ馬には斜に構えていた――、それでも何頭か、記憶に残っている。以前、書いたサニーブライアンも記憶に残っている馬だが、あれは後悔の馬だ。
そういう意味だと、Gレースクラスだと一頭しかいない。
アブクマポーロ。
ぼくの中では最強の馬だ。ちなみにアブクマポーロをまかしたメイセイオペラは速い馬。このちがいをわかっていただけるだろうか。
二頭とも中央競馬ではなく、地方競馬の馬だが、まちがいなく、強い馬であり、速い馬だった。
中央でも通用する馬だと思えたし、ターフでも通用するように思えた(メイセイオペラの方が芝向きだとは思っていたけれど)。
そのことを伝えたとき、Tさんにいわれた。
「中央のレースに出たとき、(あなたは)蹴ったじゃない」
そういわれるまでまったく認識してなかった。
中山で行なれた地方交流戦のときにアブクマポーロが参戦していたのだ。そして、そのとき、ぼくはパドックにいた……。妙にパドックで地方から強い馬がきている、とざわついていたのだが、ぼくの目には切りの馬だった。かかりすぎていた。たしかTさんから電話があり、ぼくは「切り」とはっきりと答えたのだった。
結果はアブクマポーロにとっても不本意なものだった。
つまり勝てなかった。
ぼくがアブクマポーロを認識したのは帝王賞だったかで中央の馬に(トーヨーなんとか)負けての復帰第一戦だったと思う。川崎競馬でのレースだった。そのことのぼくはパチンコの収入も途絶え、資金も充分でなく、Tさんに借金しての競馬だった。
アブクマポーロを負かした中央の馬も参戦していたせいだろう。一番人気だったが、オッズは1.7倍ほどだった。そのオッズはアブクマポーロにしては高いものだとは知らなかったが、そのときの財布の中身全部を単勝勝負した。全財産勝負してもいいと思うほど、オーラを放っていた。すばらしい存在感だった。財布の中身は七千円しか残ってなかったけど。
その馬券以来、アブクマポーロの馬券は買っていない。あまりにも人気するために、買えるものじゃなかった。それでもそれなりにレースは見ていた。
水沢競馬場に遠征したときも最初から買えない馬券だとはっきりしていたので、あとでTさんの録画したビデオを見せてもらった。彼女は勝負にいっていたのだと思う。
パドックを見てぼくはぽつりとつぶやいた。
「やばいかも」
輸送の影響なのかもしれない。かかりすぎているように見えた。アブクマポーロはパドックでは気合いを表にだす馬なので一見、かかっているようにも見えるのだが、このときのアブクマポーロはすぎているようだった。
ぼくのつぶやきにTさんが黙りこんだを覚えている。
それでもアブクマポーロは強く、先行した地元のメイセイオペラをかわせずに負けてしまったが、かなり追いこんでの二着だった。あと百メートル直線が長ければ、という競馬だった。そういう解説者の声もあったが、実はこれはあまり意味がない。
というのも騎手は直線を向いてから追いはじめるわけではないからだ。残りの距離を計算して追う。浦和、船橋などの直線の短い競馬場を見ればよくわかる。直線前の最終コーナーでもすでに追いはじめている。もちろん、本格的に追うのは直線を向いてからしかできないだろうが――直線を向いたとき、前にだす足を切り替るので――、騎手は直線の距離を計算していないわけじゃない。
いつもよりもアブクマポーロの上がりが悪かったか、メイセイオペラがそれを上回っていた。そういうわけだろう。
次のアブクマポーロ、メイセイオペラの対決は大井で、こちらはアブクマポーロの勝ち。まぁ、勝つでしょう、という状態だった。しかし、そのレースを見てはじめてぼくはメイセイオペラが強い――速いことを認識した。この馬はただものじゃない。
なのに、中央のダートのG1にでたメイセイオペラを買えなかった……痛恨の馬券だ。さらに痛恨なのはそのさらに翌年のダートG1でメイセイオペラの単勝馬券に勝負してしまったことだ。たしか、二着に破れたと思うのだが、パドックですでに不安材料ばりばりだったのだ。それなのに、前の年の買えなかった痛恨さが馬券を購入させてしまった……。
仮に一着にきたとき、馬券を買ってない痛恨よりも買って外れ馬券の方がよい、と思えたのだ。
馬券がむずかしいと思うのはそういう心理の動きすらうまくコントロールしなれば、いけないからだ。もしかしたらぼくだけなのかもしれないが。
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Takehiro Yamada