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競馬放浪記(4)




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 コンピュータ業界から離れた原因は仕事そのものが嫌になったからだが、もうひとつ、理由があった。二千年問題である。古いシステムは西暦を下二桁で表現していたため、二千年になると、コンピュータが誤動作するというやつだ。
 二千年寸前になって急にマスコミなどでも騒ぎはじめたりしたが、当時――1997年には二千年対応の仕事自体、あまり発生してなかったように思う。問題がある、という認識はあったが、バブル後ということもあってどのくらいのリスクなのか、はっきりしないことにたいして金は出せないというのが、状況だったように思う。
 それでも1998年になれば、さすがに二千年対応の仕事がはいってくるだろうことは自明だった。が、正直、その仕事をやる気にはなれなかった。かかわりたくもなかった。仕事がくれば、かかわってしまうだろうことも予測がついた。
 逃げるしかなかった。


 逃げた先が競馬場のパドックだったというわけだ。


 無職になってはじめてのパドックはさすがに緊張した。
 九月後半の中山競馬場。二階席のパドック側のベランダ――パドックを見下ろす感じになる位置だった。目の前に刻々と変化するオッズの電光掲示板があり、右手に馬頭観音をまつってあるのが見えた。
 メインレースでは武豊騎乗の馬が一番人気だった。小倉で強い勝ち方をしてきた馬だったと記憶している。二番人気はたしか岡部騎乗のクロカミだったと思う。
 残暑なのか、暑い日だった。
 馬格はよく、武の馬は確実のように思えた。
 周回する馬を次々に見ながらそう思っていた。武の単複と。
 馬券で喰うために、やり方として単勝と複勝の一点買いと決めていた。単勝1に複勝2の割合い。複勝に1.5倍がつけば、たとえ、二着か、三着でもチャラだ。複勝は保険の意味合いだ。勝負は単勝である。馬連はあまりにもいろんな買い方が考えられるので、シンプルにいくつもりだった(当時、三連もの、連単ものはまだ、なかった)。
 のちにアンドリュー・ベイヤーの「勝ち馬を探せ」を読んだとき、その中でも勝負は単勝といってもいた。ちなみにこの本はスピード指数(言葉はちがっていたが)を提唱しているが、スーパーパドックよりも以前からのものだった。スーパーパドックの解説書ではオリジナルような書き方をしていたけれど、考え方自体は昔からあるものらしかった。
 「勝ち馬を探せ」をはじめ、何冊か、競馬――馬券関連の本は読んでいた。それでも五冊ほどだったが。色々と読まなかったのはどう考えてもこの買い方なら勝てる、といった必勝本の類いはあやしいと思っていたからだ。必勝法があるのなら公開する必要はないからだ。その必勝法で喰えば、よいのだ。何も本にする必要はない。公開することによって喰えなくなることもありうるからだ――馬券のオッズのシステムとはそういうものだ。
 同じ発想で、よくある馬券の予想サービスにも手を出す気にはなれなかった。
 第一、他人の予想で馬券が的中してもつまらないではないか。


 ところが馬券の先輩であるTさんはその手のものに手を出していた。
 FAXでの予想サービス。必勝法としてはモンテカルロ式に手を出した。彼女にとって馬券は投資のつもりもあったのかもしれない。
 モンテカルロ式――たしかルーレットだったと思うが、特定の買い方でカジノのハウス側を破産させたという伝説的な手法があり(モンテカルロのハウスを破産させたのでこの名前がついた)、それを馬券の買い方に応用したものだった。
 詳細は忘れてしまったが、買い方はたしか、次のようなものだった。
 一番人気の馬が勝つ確率は三分の一であること。
 単勝オッズ三倍以上の一番人気の馬を買うこと。
 か、あるいは。
 二番人気の馬を買う(三倍をこえるから。二番人気も三分の一近い勝率)。
 赤黒博打の確率が二分の一であることを基本に、賭け金を倍々に上げていくというやり方があるが――実は赤黒博打は確率二分の一ではない。親の総取りという目が存在するからだ――、結局はその応用編になる。モンテカルロ式はある数字の組み合わせで次の賭け金を上げていくというやり方である。倍々よりもゆるやかに賭け金は上昇していく。
 最初のうちは順調だったが――ギャンブルはいつだって最初のうちは順調なのだ――やがて負けがこんできた。連敗するとこの手のやり方はあっという間に賭け金が上昇していく上、当たるまで続けないといけないというのが、つらいところだった。逆にいうと、横からその買い方をやめさせるのは難しい。次に的中すれば、今までの負けが取り戻せるからだ。
 彼女の買ったモンテカルロ必勝法の本は読ませてもらったが、本の後半は成功例で埋められていた。よくある手だ。ふと思い、自分で本当にどうなっているのか、モンテカルロ式を計算しなおしてみた。その結果、数学的に負けるということがわかった。たしか、賭け金の上昇の計算は三倍に少し、足りなかった。
 モンテカルロは必敗法だったのだ。


 無職になってはじめてのパドックは残暑がきびしい日だった。
 眼下のパドックを周回する競争馬はどの馬も汗をかき、鞍の下から白く泡だった汗が流れている。その中で一頭だけ汗をかいていない馬がいた。武騎乗の一番人気の馬だ。普段なら汗をかいていないというのは好材料だ。人でもそうだが、疲れているときの方が発汗は激しくなる。
 ――しかし、と思った。
 こんなに暑い日にまったく汗をかかないのは逆におかしくないか。
 二番人気のクロカミに勝負した。
 結果、武の馬はまったくいいところもなく、着外。クロカミが一着だった。レース後、どうして走らなかったか、まったくわからない、と武はコメントしていたが、おそらく馬が体調を崩していたのだろう、と思う。武自身も気づいていたではなかろうか。
 この一件はぼくにパドックの重要性を確信させた。あくまでもぼくにとってだが。
 同じ空間にいなければ、暑いのにどうして汗をかかないということに気づけなかっただろう。テレビ越しに見ていたのでは、おそらく汗をかいていないことを好材料ととらえていただろう。


 翌日曜日、メインで地方競馬からの転厩馬で勝負し――人気はなく、スピード指数もデータがないので判断しようがなかった。パドックで見つけての勝負だった。まだ、抑え気味の金額での勝負だったが、それでも単勝と複勝であわせて七万ほど、浮いた。
 なんとか、馬券で喰っていけそうだった。



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Takehiro Yamada