競馬放浪記(2)




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 藤代三郎の「馬券の真実」は毎週、楽しみにしていた。
 微妙にこちらの馬券とリンクする瞬間があり、おかしかったのだ。複勝ころがしのときもそうだったし、ターフジーニアスの万馬券のときもそうだった。春先の未勝利戦だったように記憶している。なぜか、いつも行っていた後楽園ではなく、他の場外馬券場の千円単位でしか、馬券が買えないフロアだった。
 パドックの実況をじっと見つめ、ひっかかる馬が一頭だけいた。
 同時に表示されていたオッズはとんでもない穴馬だと伝えていた。単勝万馬だ。次にうつしだされたターフジーニアスもそれに劣らない単勝万馬だった。騎手は江田照男――そのときはまったく認識してなかったが、JRAの穴男だった。
 返し馬になる。
 次々に馬が本馬場に入場していく。走っていく馬を息をつめて見つめた。すでに買うと決めていたパドックで唯一ひっかかった馬の走りを見る。だめだ、と直感した。この馬はだめだ、と。失望した目に次のターフジーニアスの走りが飛びこんできた。なにがどうだとかまったく説明できないが、これがすばらしく良かった。
 抜けている。
 確信した。買うしかない。
 本当は単勝、複勝、ターフジーニアスからの総流し馬券を買うつもりだった。
 ところが千円単位でしか買えないというのがネックになった。単勝と複勝だけを買う。たしか千円、二千円だったと思う。
 結果はゴール寸前でターフジーニアスがトップをかわし、一着。
 単勝万馬券。
 それがぼくのはじめての万馬券だった。


 この一件は複勝ころがしのときと並んで自分に馬を見る目があるとうぬぼれるのに充分な出来事だった。そして、今、思えば、象徴的でもある。このとき、ぼくは総流し馬券を買えなかった。当然、馬連の馬券も万馬券だったのである(当時、馬単はなかった)。千円単位でしか買えないからこそ、がつんと大金をぶちこめる状況だった。そこを小利口に立ちまわり、単勝と複勝だけを購入した。
 今だからわかるのだが、博打に勝つ人間というのはこのような好機にシンクロできる人間なのだ。勝負できる。金をつっこめる。凡人は的中したときには小金を、大金を突っこんだときに限って外れ馬券をつかんでしまうものなのだ。
 そんな悔む馬券がいくつもある。
 たとえば、砂のG1の第一回の勝者メイセイオペラ……最終レース(たしか)500万下で複勝馬券五千円がついたホッカイマティス……最近では一昨年の大井競馬場でのシュンプウ……今年にはいって馬連なら万馬だった馬券を枠連で3.5倍ほどの馬券で百万円コースをのがした……。
 確信と日和見で揺れる日々。


 とまれ。


 「馬券の真実」で笑ってしまったのは藤代三郎もまた、返し馬でターフジーニアスを見い出して万馬券をゲットしていたことだった。



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Takehiro Yamada