自由のことなど
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自由から自由になれたのは三十代の後半のことだった。
もちろん完全ではないし、「自由はいいことだ」という価値観はまだ、残っている。これはまぁ、性格的な側面もあるのでしかたないことかもしれない。自由になってはじめて認識できたのだけど、ずいぶんと自由という観念に束縛されていた。十代後半から二十代のころがもっとも激しかったのだと思うけれど。
たぶんそれは親にたいする嫌悪感の歪んだ表出だった面もあったように思う。
自由でさえあれば、それでよい、という感覚。
よくおためごかしの大人がこういうのを聞いた。死ぬ自由もあるわけだ、と唇を歪めて。死ぬ自由もない自由なんてくそくらえだ、とは思っていた。
それがすとんと憑き物が落ちるように、変った。もちろん今でも死ぬ自由のない自由なんて片手落だとは思っている。が、当時のような激しい憎しみに満ちた感覚はない。自由という観念を絶対的な原理とすることはできない、ということに気づいたということだろう。
きっかけは些細だった。
自由とは何か、と考え、思い至ったのだ。自由というのは束縛されていないということでしかない、と。自由というのは束縛の否定形でしかない、と。束縛という状態は具体的に想像できる。縄で縛られている。その状態は束縛されているといえる。では縄で縛られていなければ、自由か?
ちがう、という気がした。
縄で縛られている状態から解放された瞬間、そのときのみ、自由といえるのではないか。つまり自由はつねに束縛のあとにやってくる。束縛に従属しているといえる。
元々、「自由」という言葉が名詞形であることがおかしいのではないか。束縛の否定を名詞化することによってあたかも実在するかのように詐称しているだけではないか。
自由というものは存在しないのに。
その考え方に至ったにもかかわらず、人格が崩壊してしまうような感覚はなかった。今まで金科玉条にしていた観念が壊れたわりには静かなものだった。ただ、解放されたほっとしたような、穏かな風が頬をなでていくような気持ちにはなった。
変化はすでに進んでいてそれをようやく意識化することができた。
そういうわけなのだろう。
年を食ったということも無関係ではないだろうが、GPLを知ったということが大きかったように思う。GPL、いわゆるGNUライセンスのことだ。このソフトウェアの自由な配布を守るために、著作権を放棄しない、というある意味、逆転の発想のようなライセンス。著作権はソフトウェアを囲いこむために通常、主張されることの多い権利だけれども、その囲いこみを打破するために、著作権者の権利の元、自由に配布される権利を与えるという発想。権利がすべて放棄されたパブリックドメインとは対照的である行き方。
自由を守るために権利を放棄するのではなく、主張するという考え方に触れたことが、自分の中の「自由」という観念にヒビ割れを起させたのだろう。
もっとも元々、自由を極限化していけば、自分という存在自体、解体するしかないだろうとは思っていたが。
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Takehiro Yamada