
自殺のことなど
(c) Copyright 2005 Takehiro Yamada . All rights reserved.
中学のときだ。
教室の片隅でぼんやりとしていたぼくにクラスメートが近づいてきて真剣な顔をしてこういった。
「自殺するなよ」
――はあ?
唖然としてしまった。
今考えると、ただの冗談だったのかもしれない。どちらかというと、ぼくはクラスの中でも反主流派でからかわれるポジションにいたからだ。ただ、そういわれてしまうぐらい暗い顔をしていたの事実かもしれない。当時、かなり鬱屈していた。
しかし、それでも自殺しようと思ったことはなかった。
そこに宗教的な理由などはまったくなく、事故で死ぬことは、あるいは通り魔に殺害されることを夢見てはいた。
真崎守の「共犯幻想」というマンガの中では自殺がひとつのキーになっている。
自殺して死ねなかった者はそれ以降の人生をどのように選択すべきか。加害者としてか、被害者としてか――そして。
「ぼくは加害者の側を選んだ」
テレビで教育者らしいコメンテーターが自殺した青年について語っていた。
相談できる相手がいないことが問題なのです。親でも教師でも友人でも腹をわって相談できる相手がいれば……。
苦笑するしかなかった。
まるで相談する相手がいなかったら自殺してしまうような言い草ではないか。
ぼくにはそういう人間はひとりもいなかった。
でも自殺は生きていく選択肢にはなかった。「死」は横目で見ていたが。だから一度、ひどい怪我をしたとき、三日も放っておいたのだ……。
左腎臓を潰してしまい、内出血で血尿がとまらなくなったとき、明日の朝は目が醒めないかもしれない、と死の予感した。実際にそのまま、放っておけば、死んだか、どうかは不明だが、死がそこにある、と実感したとき、涙が出た。死だ。望んでいたものだ。けれど、身体は生きたがっているらしかった……。
やり残したことがある、という気持ちなど破片もなかったが、とりあえずぼくは生きた。
生き残ってしまった。
Return To HomePage | Return To List Page
Takehiro Yamada