引っ越し騒動
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「カミングアウトしていい?」
Kからそういわれて戸惑ってしまった。エイズ患者のカミングアウトとかよく聞いていたけれど、意味を知らなかったのだ。あまりいい印象ではない。もしかしたらドロップアウトの親戚か?
そう思っていたのだ。
なのでこの時の電話の会話はしっちゃかめっちゃかになってしまって何を告白しようとしていたのか、わからずじまいだった。カミングアウトの意味が「告白」だと知ったのは収穫だったけれど。
以前、住んでいたアパートをでてKが実家に引っ越したのは春先だったと思う。
ちょうど同じ頃、おれも住んでいたアパートの契約関係でどたばたしていた。
そのアパートに住んで四年目だったのだが、大家が不動産を変更してしまい、新規に契約することになったのだ。住んでいる場所に飽きがきていたのだが、別に引っ越す予定もなかった、なので、そのまま、契約した。面倒だったということもある。
別にそのどたばたのせいではないのだが、一応、マンションの購入のことも考えた。理由はここ五、六年で死にそうにもなかったからだ。七十歳まで生きてしまったらどうしよう、とふと不安になった。
もしかしたら長生きしてしまうかもしれない。
収入がないのに、生きなければ、ならなくなったらどうしよう。賃貸だとそのお金が必要になってしまう。で、不動産を現金購入することを考えた。せめて住むところぐらいは、というわけだ。もちろん、そんな金はないので不可能だった。借金する気はまったくなかった。賃貸とかわらないから意味がない。
そのころ、よく考えたのが、ぽんと二千万、手に入らないかなぁ、ということだ。結局、結論はこうだった。
最後は野垂れ死にすりゃ、いい。
「告白」の内容が判明したのは、八月の末頃だった。
マンションを買ったのだという。
実は春先、アパートを出たあと、実家にいたのは一週間ですぐ、マンションを購入していたらしい。もちろんローンだ。同居人が九月にでていってしまうので、家賃の支払いができなくなるので、おれに引っ越してきて欲しいとのことだった。そういえば、春先にもいっしょに住まないか、打診されたことがあった。
そのときはおれはたしかこう答えたはずだ。
「駐車場があれば、ね」
問題はそこだった。
車を所有している人間ならだれでもそうだろうが、プラスアルファの問題があった。所有している車(キャラバン)が排ガス規制で来年の三月には乗り替えを余儀なくされるのだ。車の購入時には車庫証明が必要になる。住居の近くの駐車場が必須なのだった。
Kが探してみたが、見当たらないという。離れた場所に一箇所あるだけ。
手はすでに思いついていた。
引っ越ししてからは車庫証明はとれないかもしれないが、今、住んでいるアパートならとれる。車を買い替えることにした。
九月の連休に買いにいった。
できれば、支出は分散したかった。
引っ越しと車の買替えのダブル支出は家計的にきびしいところがある。
状況が許されないのであるならば、しかたがない。
買った車はハイエースだ。ニッサンキャラバンとくらべて十万ほど、安くで購入できるのがひとつの理由だったが、最大の理由はキャラバンはいろいろと余分なものがついていることだった。
普通の顧客ならオプションがいろいろついていることにお得感を覚えるのだろうが、あいにくとこちらはそのオプションを外すコストの方を考えていたのだ。無駄。というわけでハイエースのルートバンにした。後部にサイドウィンドウもないし、シートもないし、フロアマットもない。
シンプル。
駐車場が見つからないようだったら車を手放すことも考えていた。
それは論理的に次の答えを導く。
ウィンドサーフィンをやめる。
車を所有しているのはウィンドサーフィンの道具を置いておくため、運ぶためだったからだ。その答えにはKがのけぞった。電話ごしにその姿が見えるようだった。
のけぞる気持ちはわかるが、のけぞられても困惑してしまう。
生きていくのに、死なないでいるためにウィンドは必須ではないからだ。
最終的に野垂れ死んでしまうことを念頭に置いている人間にはそんなことは問題ではないのである。さびしくてつまらなくなるかもしれないが。それも大した問題ではない。
駐車場の問題もクリアした。
あとは引っ越しだけだったが、これが結構、難問だった。
新しい部屋は六畳未満(五畳ぐらい)、押し入れなし。今のアパートは六畳、キッチンのある部屋がさらに六畳、押し入れもある。それだけの広さにある荷物はとてもじゃないが、新しい部屋には入り切らないし、前の同居人がつかっていたというダブルベットとテーブル、椅子が残されている。
その上、リサイクル法が施行されているこの御時世。冷蔵庫や洗濯機やそのほかもろもろの電化製品の処分も一苦労だ。考えてみれば、その電化製品はどれも今のアパートに引っ越ししてきたときに購入したものだ。それを処分するという精神的な抵抗感もなくはなかった。
二重構造になっている本棚も、かなりお気に入りだったテーブルも処分の対象になった。もっとも本棚は新しく二棹、新たに購入した。十年分ほどの日記も処分した。これは電子データでパソコンにはいっているので、プリントアウトしたものを破棄しただけだった。ワープロ購入初期はフロッピィがすぐに一杯になるので、プリントアウトしたものを保存した方がよかったのだ。山のように買い溜めていたフロッピィには頭を抱えてしまったが、これは持っていくことにした。フロッピィは消耗品だからだ
他の駄文にも書いたが、パソコンをのぞけば、一番、運ばなければ、ならなかったのは本だった。
キャラバンに積んで何度も往復した。
一日に、ではない。往復の走行距離が五十キロ以上あるのでそんなことは不可能だった。途中、渋谷あたりの渋滞ゾーンも越えなければ、ならなかったし。
週に一回ぐらい土日に運んでいたのだが、何の因果か、今年は台風がいくつも上陸して土日は雨模様が多かった。当然、そんな日は運送できず、目算が狂ってしまったが、前の部屋を出ていく寸前には、なんとか新しい部屋に運び終えた。しばらくはダンボール箱を眺める生活だったが、中身だけはこの間、出して床に積み上げた。ため息だ。かなりの冊数、本は処分したが、これからも処分しつづけることになるだろう。
音楽CDはまだ、処分を迷っている。
というのもハイエースでは音楽CDが聞けるからだ。
カセットテープのほとんどは、捨てた。
腐るほどもっていたキングジムバインダも全部、捨てた。その中身も。仕事関連の資料も保管してあったが、それも捨てた。
衣類は元々、あまり持たなかったけれど、それもそれなりに捨てた。
けれど、部屋からはまだ、荷物があふれている。
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Takehiro Yamada