ある男の死




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 男が目覚めたとき、首から下がなくなっていた。
 かわりに数十本のチューブが生え、傍らの装置に接続されている。
 それに気づいた男は絶叫を上げた。口は最大限に開かれ、顔は恐怖にひきつっている。しかし、その声は男の横に置かれたスピーカから一定の大きさで流れ出る音に過ぎなかった。
「落ち着いて」
 男は声の方を見上げた。初老の医者が男を見下ろしている。
「大丈夫ですか」
「これは……この変わり果てた姿は……」
「覚えていませんか」
「何を」
 そう問う男の声はスピーカから抑揚もなく、響く。
「事故のことをです。あなたは交通事故にあったんですよ」
「ああ。そういえば、うっすらと覚えている。ではおれは事故で身体を失ったのか」
「いいえ、そういうわけではありません。あなたは事故にあいましたが、五体満足でした」
「ではこの有様はどういうわけだ」
「あなたは植物人間になっていたんです」
「…………」
「あなたの脳は全く活動を止めてしまっていたんです。しかし、その肉体は極めていい保存状態でした。奥さんの同意を得てあなたの肉体は移植用に提供されました」
「ではその身体を取り返してくれ」
「残念ながらそれは不可能です」
「なぜだ。所有権はおれにあるはずだ」
「移植して二十年も経つからですよ。移植者はもう死んでしまっています」
「……そんな……」
 男の目の焦点が空を彷徨う。
「ではずっとおれはこのままなのか……」
「残念ですが――」
 男は目を閉じた。涙が流れた。目を開き、いった。
「すまないが、一人にしてくれ」
 医者はうなずくと外に出ていった。
 医者の姿が見えなくなると男は再び、泣き出した。ひとしきり泣いた後、男は天井を茫然と眺めた。舌をゆっくりと突き出し、力を込めて噛み切った。
 舌は男の喉の奥に固く丸まった。本来ならそれで窒息死するはずだったが、男にはすでに肺がなかった。傷口から流れる血液が男の口いっぱいに満たしても男は生きていた。
 ――死ねないのか……。
 男は再び、涙を流した。
 やがて。
 血が口から溢れ、白いシーツを赤く塗り替えたとき、男は薄れゆく意識を感じた。
 男にとって幸いだったことになぜか、生命維持装置は反応せず、男は失血死することができた。


「植物人間のままでいれば、苦しい思いをしなくてすんだのに――」
 涙を流していた美しく若い女が呟いた。
 彼女の前にはモニターがあり、首だけになった男が写っていた。男が置かれてあるシーツは赤く濡れている。
 医者は彼女の肩に手を置き、後ろからそれを見ていた。
「ご愁傷様です、奥さん」
「ええ。でもこれでやっと保険金が入ってきますから」
 涙をぬぐい、女は椅子から立ち上がった。医者を振り返る。涙に化粧が崩れていたが、女は美しかった。
 女の手が医者の白衣にかかった。ボタンを外していく。医者の胸元を開いた。白衣の下から意外なほど若い胸が現われる。
「――それに夫の身体はここにありますから」
 女の唇が医者の胸に触れた。
 医者の口元に笑みが広がる。その首の回りには手術した縫い目があった。



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Takehiro Yamada