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クローン人間は生まれるべきではないか?




(c) Copyright 2004 Takehiro Yamada . All rights reserved.



 RANDYさんという作家がいる――彼女のコラムマガジンで、ずいぶん前のことだが、「クローン人間について」というコラムがあった。その中で彼女はクローン人間は生まれるべきではない、とし、その理由として、人間の持つ科学はまだ、生み出した生命にたいして魂をこめるほど高みにないからだ、と述べていた。だからクローン人間は生まれる――造られるべきではない、と。


 ぼく個人としては「クローン人間は生まれるべきではないか?」という問いにたいしてはニュートラルだ。どっちでもいい、と思っている。技術がそれを成立させるなら現実のものになるだろう、とは思っているが。
 ただ、前記のRANDYさんの仮の答えには次の問いを返すことで充分だろう。


 クローン人間同士から生まれた子供に魂はないのか?


「クローン人間は生まれるべきではない」という発想が妥当かどうかはべつとして、クローン人間が生まれた場合、クリアしなければ、ならない問題は多い。


 たとえば、生まれたクローン人間はだれのものか、という問い。
 クローン人間は造るためのコストを支払った人間が所有権を得るのか?
 それが正しいこととは思わないが、必然的にそうなるだろう(もちろんクローン人間にはそこから逃げ出す権利がある)。それは奴隷制の復活だというかもしれない。実はその発想にはクローン人間が人間であるという暗黙の了解が存在している。クローン人間が人間であると了解しない限り、なぜ、家畜はいいのか、という問いをクリアすることができない。
 ではクローン人間と家畜を分けるものは何か?
 知性か?
 そうでないことはあきらかだ。家畜以下の知性しかもたない人間も存在するからだ。
 この問いをクリアするには遺伝子レベルの定義が必要だろう。遺伝子が人間であるもののみを人間と認める、と。


 正直、実験室の試験管の中で生まれようと、母体から生まれようと、そこに差があるとはぼくには思えない。問題は社会が受けいれるかどうかだけだろう。もしクローン人間が可能で、法律がそれを禁じるなら、闇ルートでクローン人間が売買される結果になるだけだ。そして、それが、ある種の人々にはクローン人間を禁じつづける理由になるだろう。禁じなければ、価値がないからだ。
 社会がクローン人間を受けいれるなら、クローン人間に価値はない――つまりクローン人間は生まれるべきではない、と思うのならクローン人間をまず人間として受けいれるべきだ。そうすれば、クローン人間は造られないだろう。本当にそれを必要としている人々の間をのぞいて。



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Takehiro Yamada