風と馬券と




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 かつて会社の後輩にこういわれたことがある。
「山田さんからウィンドをとったら何が残るんです?」
「おれが残る」とぼくは答えた。


 ウィンドをやめようとは積極的に思わないが、やめる時がいずれくるだろうな、とは思っていた。数年前、それがいつかとふいに、問いが浮かび、答えが浮かんだ。
 ――42歳。
 根拠などなかった。
 老いは静かに忍びよってきているだろうが、ウィンドをできなくなるほど肉体が劣ろえてしまうとも思えない。経済的に継続できなくなる可能性もあるが、ニュアンスは肉体的なもののように感じられた。
 こまったことに経験的にこの手の直感はかなり的中する。100パーセントの的中でなくてもそれに近い線までいくことが多い――多いというほど、体験したわけではないが。
 自己暗示なのかもしれない。
 あるいは特異な体験なので特に印象に残っているだけなのかもしれない。


 ウィンドに関していえば、40歳を前にしてやめてしまってもおかしくなかったのだ。
 ひさしぶりの三浦津久井浜。風はどん吹き 269cm のスラロームに 5.4m2 のセイルでのウィンド。一日、乗り倒してみてかつてほどの快楽がないことに気づいた――端的にいってつまらなかった。三年前なら同じコンディションで、脳内麻薬にトリップしてしまっていただろうにだ。疲れただけだった。
 老いもあるのかもしれない。肉体的な快感を受容する何かが劣ろえてしまったのかもしれない――が、それだけではないと自覚はあった。
 おれが変わったのだ、と。
 その日に至る三年の間、競馬場にばかり通っていた。
 博打の快感は強烈だ。堕ちていく快楽も含めて。その体験が相対的にウィンドの快楽度を低くしてしまっていた。ただ、競馬をはじめたのは仮にしろウィンドが自分の中で終っていたということもあるのだが。


 大したことではない理由のひとつにはジョーズのウェイブライディングのことがある。
 レナード・ハミルトン、あるいはロビー・ナッシュのジョーズでのウェイブライディングを――雑誌で見たとき、気づいたのだ。絶対的に達っすることができない場所があるということを。そのための努力をしているわけではないし、するつもりもないが、たとえ、したところでけして手の届かない場所。そういうものの存在。
 それで熱が醒めた。
 熱が醒めた――というのはあくまでも比喩だ。もともと情熱的な質ではない。


 それなのに40歳から妙に海へ行きはじめた。
 いくつも理由はあるのだろうが――そのころ知り合った人たちの存在は大きい――、その中のひとつに競馬でボロボロになったということもある。本当にボロボロになった。経済的にはもちろん、精神的にも――自覚はあまりなかったが――かなりきていたようだ。もう一歩、ふんばって廃人になるまでやれば、すっきりしたのだろうが、あいにくとそこまで堕ちるには小市民的なバランス感覚がまだ、残っていた。
 競馬は老後の楽しみ、身体がまだ動く今はウィンドでも――。


 そして、何年かがすぎた。



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Takehiro Yamada