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不思議




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 この世の中は不思議に満ちているが、ひとつだけ決めていることがある。神にはたよらない。それは、幼子がどうして鳥は空を飛べるの、とたずねるとき、神様が翼をあたえてくれたからだよ、と答えないということだ。
 人はどこからきたのか、という疑問に、神が泥から造ったのだ、と考えないということだ。自分の人生がどんなに納得できないものであっても神を恨まないということだ。祈ることはあっても神には祈らないということだ。
 神はいるかもしれない。
 いないかもしれない。
 が、奇跡は存在する。不可思議は存在する。不思議はすぐそこにある。
 ここまでの文章を読み、理解できるということが――できない人もいるかもしれないが――第一、不思議ではないか。どうして言葉は通じるのか。長い間、ずっと、言葉というのは嘘をつくために造られたのだ、と考えていた。はじめに言葉ありき。言葉は嘘なりき――というわけだ。現象学的に考えれば、それは誤りだ。嘘は本当のことがなければ、発生し得ない。あるいは本当と思われる共通認識が。〈偽〉は〈真〉を必要とする。
 嘘に嘘を塗り固める言説のおもしろさを認めることはやぶさかでないにしろ。
 どうして言葉は通じるのか。
 通信プロトコルの手順のひとつにネゴシエーションという過程が存在する。「すりあわせ」とでも訳するのか――どういうプロトコルを使用し、通信するか、互いにやりとりする過程だが、これが可能なのはネゴシエーションの過程が通信しあう二点に共有されているからだ。ネゴシエーションできなければ、通信しない――まったく、機械は楽なものだ。人間は生まれてくるときに、言葉をたずさえて生れてくるわけではない。それなのに、言葉を他者から学ぶ。これは不思議だ。学ぶというのはコミュニケーションの一種だからだ。言葉(通信プロトコル)が存在しなければ、通信不能なはずなのに、その通信プロトコル自身を学ぶことができる。
 おもしろい。
 それを神を導入して解決したように見せかけてもつまらないではないか――言葉は神だから、と。
 上記の仮だが、答えは論理的に決まっている。言葉以前の低レベルの通信プロトコルが存在する。そして、それは犬などと粗いコミュニケーションが可能なことを考えれば、哺乳類レベルまで多かれ少かれ共通して存在するプロトコルなのだろうし、そのプロトコルが人間の間にだけ言葉まで高まることができるというのは脳の強さにあるのだろう、と。つまり言葉が存在しなければ、コミュニケーションできないという前提がまちがっているのだ。
 はじめに言葉ありき、ではけしてない。
 セックスをはじめてとして言葉を必要としないコミュニケーションなどありふれている。



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Takehiro Yamada