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酔っぱらい




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 真夜中近くの上り電車――乗客は奇妙に疲れた顔をしている。遊び疲れ、あるいはアルコールに赤く染まった顔。ぼくは夜勤のために乗車した。さいわい向い合わせのベンチシートに座ることができた。
 すぐに文庫本を読みはじめたのだが、うまく文章にはいっていけない。
 理由はわかっていた。
 向かいの乗客の身体がぐらぐらと揺れているのだ。
 二十歳をこえたばかりと見える女性だった。女子大生かもしれない。合コンかなにかの帰りなのかもしれなかった。飲みすぎたのだろう。完全に酔っぱらっていて熟睡している。大きく上体が揺らし、いわゆる船をこぐという状態だった。
 その動きが文庫本の端から見えていた。
 停車駅で中小企業の部長クラスと見える壮年の太ったスーツを着こんだ男性がその女性の隣に腰をおろした。ネクタイをゆるめ、スーツの前ははだけている。こちらも酒が入っているらしく、顔が汗ばんでいる。
 視線は遠くを見ているのだが、自分と隣の女性のふとももとの間に左手をさしこんでいる。ちょうど手の甲で女性のふとももに触れているかっこうだ。自分の右側との間はあけているのに、女性とは密着しようとしているのが、傍目からもわかった。それなのに視線だけは遠くを見ている。鼻の穴は全開だった。
 女性の身体が揺れ、自分の方にもたれかかるたびに、興奮していくようだった。
 目がうつろに、表情が呆けたものになっていく。
 ふいに左腕を女性の肩にまわした。
「よーし、よーし、わかったわかった」
 わかった、といいながら女性の頭をなでて抱えこんだ。
 電車が減速し、駅に停車した。
 ドアが開く。
「さあ、おりよう」
 そういって男性は席から立ち上がり、女性の手を引いた。
 強引に引っぱって電車から下りようとしたが、女性の方は完全に熟睡していた。立ち上がりもしない。
 男性はそのまま、電車から下りた。
 ドアが閉まり、電車が動きだした。
 ふりかえって見ると、男性は下りたところに突っ立って電車からそっぽを向いていた。
 あらためて女性を見た。首をがっくりと垂れ、完全に脱力している。
 前髪ごしにかすかに見える口元から涎がたれていた。
 その涎はたえる気配もなく、胸元からシャツを濡らしているうちに、コーンスープのようなものに変化した。未消化物のかたまりも見えた。
 吐瀉物なのだった。
 あまりのことにのけぞると、ぼくは他の席に移動した。


 降車するときに、女性の方を見てみると、シートの上に完全に横になって寝ていた。



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Takehiro Yamada