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「壬生義士伝」雑感




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「壬生義士伝」
原作:浅田次郎
監督:滝田洋二郎
脚本:中島丈博
主演:中井貴一、佐藤浩市



 号泣しそうな自分が許せなかった。
 こんなに涙を絞りとられるのははじめてだ。目から涙がだらだら流れ、Tシャツが濡れてしまうほどだった。今までどんな映画を観てもどんな小説を読んでもどんな音楽を聞いてもこんなに泣いてしまったことはないというのに。泣くこと自体がめずらしい。
 なのに、ぼくは「壬生義士伝」を観て泣いているのだった。
 が、どこか違和を感しているのも事実だった。
 情動を激しく揺振られているにもかかわらず、涙線は開きっぱなしだというのに、どうやらぼくは感動していないようなのだ。そのことに気づいたのは映画を観てから何日もたってからだったけれど、たしかに、感動したときにつきものの皮膚が電荷をおびたような鳥肌だつ感覚がまったくなかった。
 そして、観終った直後から、この映画はマイベストではない、とは思っていた。おそらくベストテンにもはいらないだろう。ベスト20にならいれてもいいとは思っている。
 今まで最高に泣かされたというのもかかわらず。自分にも感情があるということを再認識させられたにもかかわらず。中井貴一が嫌いだからというわけではむろん、ない。むしろ中井貴一の演技のうまさに驚嘆したほどなのだ。「ぴっちり横分け鼻でが兄さん」とダウンタウンに揶揄される中井貴一だけれども、佐藤浩市よりも目立っていた。演技のうまさを感じさせた。ただ、それだけで佐藤浩市の演技がへただとするのは早計かもしれない――観ている最中はそう思っていたが――細かく分析してみると、中井貴一の演じる吉村貫一郎のキャラクターの方がきちんと肉付けされているのがわかる。吉村が主人公ということもあって、斉藤一(佐藤浩市演じる)の肉付けはかなりおざなりの感がある。語り手という位置づけも原因のひとつだろうが、斉藤のキャラをたてる努力をかなり怠っていることも事実だろう。どうして斉藤は望郷の念にたいしてあんなに嫌悪感をもつのか、などのことについては放りだされたままだ(原作ではどうなっているのかは知らない)。
 だからむしろ佐藤浩市のもつ独特な存在感に監督がたよっているのではないか、とも思えてくる。しかし、それもまた、監督の計算なのかもしれない。

吉村(守銭奴)=斉藤(虚無)

 と対立構造が措定されているからだ。そのため同じくらいの肉付けを行なったなら斉藤が吉村のキャラクターを食ってしまっただろう。虚無として色付けされている沖田総司が「真剣でたちあったらどうですか」というひとことでキャラを立ててしまったことでもわかるように。虚無というのは強烈にキャラクターを印象づける要素なのである。
 虚無として色付けされた斉藤だったが、話がすすむにつれて印象がぼやけてくる――最大の転回点は吉村を無意味に殺そうとして途中でやめてしまってからだろうが。それと平行して(というよりこちらがメインの流れだ)吉村の守銭奴という色付けがはがれてくる。その底からあらわれてきたのは義士としての吉村だ。
 映画「壬生義士伝」は家族のために守銭奴として生きなければならなかった吉村は実は義士(斉藤に「お前こそが本物の侍だ」といわれるまで)であった――という形でストーリーが構成されている。それは最終的には侍として死ぬ(切腹する)ことで完結する。
 テーマはひとことでいえば、「義」ということになる。あるいは「忠義」でもいいかもしれないが。それらを肯定するメッセージでみちている。
 そして、ぼくはそれらの過剰なほどのメッセージに食傷し、拒否を起しているようだ。
 一度、ゆるんでしまった涙線は吉村の死以降のエピソードにも涙を流しつづけたが、ある種の違和感も累積していったのだ。「義」が吉村個人で完結してかぎりにおいては感じなかったものだ。「義士」として死んだ吉村の影響を受け、幼なじみの南部藩の組頭の大野次郎右衛門は藩を滅亡させる行動をとる。吉村の息子は父の志をついだかのような行動をとり、函館で戦死する。それらのエピソードは「義」ということにたいして肯定的な色合いをおびるように周到に展開されている。たとえば、吉村の息子が「父ひとりで三途の川を渡らせるわけにはまいりません」ということによって「義」にたいする肯定としてのメッセージに収奪されてしまう。それにつづく、水杯のシーンも同様だ。
 吉村貫一郎の「義」がまきちらす様々な「死」――それらを肯定的に描くことにたいする違和感。「死」を隠蔽し、まるで輝かしいものであるかのようにしてしまうことへの嫌悪感。それらのストレスが解放される場をあたえられずに映画は終了してしまうため、何か澱が淀んだような気分になってしまっているのだ……。


 というわけであまり人にすすめたい映画ではない。
 これほど泣ける映画は珍しいとは思うけれど。



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Takehiro Yamada