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分水嶺




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 ――競馬の話をしてみてもいいだろうか?


 1990年代の後半のことだ。場所は公営の大井競馬場。トゥインクルレースの最終レース。ナイターの照明の下、パドックでぼくはある確信に襲われていた。この馬はくる――十数頭の馬のうち、1着と2着にくる馬を確信したのだ。1着にくると思った馬が最低人気だったと知ったときもその確信は揺がなかった。(ちなみに2着の馬は1番人気だった)
 有り金勝負しかない。
 馬券は単勝、複勝、馬連にちらして買った。当然、有り金勝負だ。馬連、複勝だけでも的中すれば、百万をこえる計算だった。
 レースがスタートするまで――スタートしてからも明鏡止水の如し。静かな、されどかすかな熱さを伴なった気分のまま、最終直線に馬群が向かうのを見ていた。
 最低人気のぼくが確信した馬が先頭に抜け出てきた。二番手にはぼくが2着と思った馬がちゃんときていた。そのままの態勢で直線の半分をすぎた。三番手以降の馬とは距離がある――よしっ、とぼくは小さくつぶやいたように思う。
 大勢は決っしていた。
 1着と2着がいれかわるというアクシデントはあったものの、単勝は外れてしまったものの、馬連と複勝は的中する――そういう状況だった。ぎりぎり百万の配当になる。
 そう皮算用した瞬間、最内を一頭の馬がのびてきた。
 すさまじい勢いだった。ゴール寸前でぼくの二頭をかわし、1着になった――しばらく場内は何が起こったのか、わからず、ざわめいていた。というのも1着になった馬は最低から2番の人気だったのだ。配当が電光掲示板に表示されたときのどよめきは忘れられない。
 馬連で二十万をこえていたのだ。


 垢くさい馬券おやじどもにまじってぼくは呆然としていた。
 外れてしまった……馬連、単勝……かろうじて的中したのは複勝だけだった。1着になると確信した最低人気の馬は3着に残っていたのだ。複勝なのに十倍の配当がつき、その馬券だけでも十万の払い戻しになったのだが、ぼくはショックを受けていた。
 1着の馬のことがわからなかった。完全にノーマークだった――。


 あの夜が分水嶺だったのだろう。
 博打に「もし」はないけれど、「もし」あの馬券が的中していたら――半分の馬連、複勝でもが的中していたら、社会復帰は不可能だったかもしれない。あの夜から一年ほどでぼくはタネ銭を使いはたし、その頃、昔、仕事をしていた人からたまたま連絡があり、前の職業に復帰したのだから。
 それがよかったことだったのかはまた別問題だが。


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Takehiro Yamada